翌朝、ローが朝食を取りに向かうとクルーたちに囲まれているイオナの姿があった。
彼女の手には昨晩のあの短刀があり、切っ先が怪しく輝いている。
使い手の怒気や殺気、愁いにまで反応して能力を高めるという刀。
どうして彼女がこれを欲していたのかは聞いていないが、手にしたことがよほど嬉しいのかずいぶん得意気な顔をしていた。
「これをあの船長がねぇ。」「いつの間に手に入れたんだろうな。」「イオナだけずるいぞ。」「可愛いってのは得だよな。」
関心したような声をあげる者や疑問を唱える者、イオナを冷やかす者までいる。
その一つ一つに「船長がいい人だから。」とか、「素敵な船長のいるこの船に乗れて嬉しいです。」などと笑顔で答える彼女は少し真面目が過ぎるような気がした。
ローはさりげなく間に割って入る。
クルーたち一人一人に見えやすいように、短刀を持つ手を動かしていたイオナはそこでやっと船長の存在に気がついた。
慌てることなく席を立ち、「おはようございます。」と頭を下げる様子は昨夜と大違い。
本人も昨日の言動については、思うところがあるようで「取り乱してすみませんでした。」と眉を寄せる。
「気にするな。そうなるほど喜んだということなら、俺は嬉しい。」
イオナへは温かな目を向け、他のクルーたちからの冷やかしの目は一瞥でやめさせた。
このままこの輪から離れられれば格好がついたのに、彼女はそれを許さない。
「そんな…。船長ってば、口説き上手だったんですね。」
茶化すようなイオナの言葉に、ペンギンがプッと吹き出す。それに煽られるように、次から次へと笑いだすクルーたち。
一緒になって笑う彼女は、両手で頬を押さえるというあざとい仕草も相まって、相当可愛いのだがそれどころじゃない。
ローは威厳も大人げもなくムッとした顔をしてしまう。ただ普段からわりと愛想のない顔をしているので、それには誰も気がつかなかったようだ。
盛り上がるその場から踵を返して離れたローは、少し離れたテーブルについた。
朝からなんてザマだと渋い顔で、小さく舌打ち頬杖をつく姿は拗ねた子供のよう。
珈琲はまだかと声を荒げそうになったところで、鼻孔をつく深みのある芳香。
ふとそちらに顔を向けると、上品な笑みを浮かべたイオナがトレンチを持って立っており、そこには湯気の立つマグカップとおにぎり、湯飲みと急須がのせられていた。
飲み物の比率が高い気がするが、おにぎりに合うのは珈琲でなくお茶だと彼女が思っているからだろう。
ちなみにロー自身もそう思っていたために丁度よかった。
「梅干しは…「入ってないですよ?」
不思議そうに顔を覗き込んでくるイオナの視線から目を背け、素直にそれらを受けとる。
本人はなんの気なしにしている仕草も、今のローからすれば起爆剤そのものだ。
可愛い。触れたい。独占したい。
まるで秋の空のようにコロコロ変わる表情も、行き届いた気配りも、健康的な肌の色も。
何もかもがドストライクで、つい目で追ってしまっていて、幾度となく胸を熱くさせられる。
「おにぎりの具は、こっちが昆布でこっちが鮭です。おしんこはどうします?お味噌汁もすぐ出せますけど…」
テーブルに並べれられる皿やカップを目で追いながら、ローはふと思った。
そうだ。飯にでも誘おう。と。
二人きりで食事をして、何かアクセサリーを買ってやって─
「イオナ。次の島についたら、一緒に飯でもどうだ?」
脈絡を読もうともせず、唐突に放たれたデートのお誘い。
彼女はそれを聞いて、一度ポカンとした顔を浮かべ、一拍の間を挟んで納得したような表情を浮かべた。
ローは思った。
やっと気持ちが伝わったのだ。と。
どこか気恥ずかしさもあるが、照れている場合じゃない。イオナの瞳をジッとみつめ返事を催促する。
そんな無言のプレッシャーすら微笑みで受け入れる彼女の朗らかさを、少しばかり焦れったく思うローに向けて放たれるのは─。
「たまにはみんなで外食も素敵ですよね。いい気分転換になりますよ。」
「ん?」
「え?」
伝わっていない。
そう気がついたからといって、「みんなで食事、嬉しいな。」と笑顔で語る彼女に訂正を告げる気にもならない。
「素敵なお店、探しておきますから。」
トレンチをギュッと抱き締めて、ニッコリ笑ったイオナ。厨房へと戻る彼女の背中を名残り惜しげにみつめながら、ローはまた苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
to be continue
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