ロー短編 | ナノ

むしゃくしゃした気持ちを抱えたまま、つまらない講義を受けるのもバカらしいとローはそのまま帰宅していた。

ベッドに寝転がり、考えるのは幼馴染みのこと。

ハッキリとやめておけと言ったというのに、何故イオナはあの男と一緒にいたのか。

腹が立って仕方ない。

だいたい幼馴染みとはいえ、男の家に平然と入り浸るようなアホな女が、彼氏がどうたらなんて馬鹿げた話だ。

しかもそれが歳上の男となれば、良い具合に弄ばれて、めんどくさくなればポイされるに決まっている。

そんなくだらないことになれば、今まで守ってきた意味がないではないか。

自分の知らない幼馴染みの姿。

それがないとは言いきれないが、どこの誰よりも自分がイオナの本質を理解していると自負している。

今さらそれを他の誰かに取って変わられるなんて、許せる訳がない。イオナをやすやすと譲り渡すなんてそんなこと…。

それがすでに幼馴染みとしての気持ちではなく、恋愛感情からくる独占欲であるとローは気がつけていない。

あくまで幼馴染みとしての姿勢を崩そうとしないのは、保身のためか。それとも─。


何時間経ったろうか。

「お邪魔しまーす。」

玄関から聞き慣れた明るい声が聞こえ、ローは身体を起こした。ベッドから降りると、いつも通りの姿勢で椅子に腰をかけ、本を手にする。

少しでも違和感を覚えさせないようにと考えてしまっている時点で、ずいぶんと彼女を意識していると言えるのだが、ロー自身はまだそれに気がつけていなかった。

「ただいま、ロー。」

「あぁ。」

短い返事ですら、なんとなくぎこちなくなってしまう。それでも、いつも通りの笑顔を浮かべるイオナに悟られぬよう、表情を固くする。

彼女はいつも通りベッドに座った。

右頬がヒリヒリしてくるほどに強い視線を感じるが、こちらから話を切り出すような真似はしない。

ひとつ小さな溜め息をついたイオナは、安定の沈黙を守るローへ向けて口を開く。

「怒ってる?」と。

彼は答えない。

自分が思っていることや、考えていることを簡潔に説明できそうになかったからだ。

中称的なことを口にするようないい加減な人間にはなりたくない。もっともらしく聞こえる適当なことを口にするような無責任な態度も取りたくはない。

幼馴染みとしてだなんて言葉を振りかざすつもりは鼻からなかったため、その問いかけには無言を貫くしかなかった。

それをどう捉えたのか、イオナは言葉を続ける。

「ヴェルゴさんってそんなに悪い人じゃないと、思うんだけど…。やっぱり嫌い?」

彼女が口にしたのは、普通の台詞だろう。至って自然な流れであり、苛立つ必要などないはずの台詞。

だと言うのに、ローは感情を押さえられなかった。

「嫌いだとは言っていない!」

つい声を荒げてしまうのは、まるでヴェルゴを庇うような彼女の物言いに、イオナの心がすでにその男に奪われてしまっているような気がしたから。

いつだって自分の傍にいた存在に、別な男の肩を持つようなことを言われていい気がするはずがない。

いきなり殺気だった幼馴染みを前に、彼女は少々狼狽えた。

「ロー。どうしたの?なんか変…。」

「俺はいつもとかわらん。男に言い寄られたくらいでいい気になりやがって。浮かれているようなヤツと話すことない。もう帰れ。」

一気に言い放つ。

こちらの言いたいことを何故イオナは理解していないのか。そう思うほどに心底腹が立った。

こんなに大切にしてやって、気にかけてやって、心配してやって、いつだって俺は─

そこまで考えたところで、ローはやっと彼女に対して抱いていた感情に気がついた。

だが、もう遅い。

「ねぇ、ロー。私なんかした?してないよね?なにがあったのか知らないけど、八つ当たりなんてしないでよっ!」

イオナが声を荒げる。

喧嘩なんてものは数えれないほどしてきたが、成長と共にその数は減っていた。

それらの全ては、一方的に彼女が泣いて叫んで、それをローが嗜めるといったものだった。

今回もそうできればよかったのだけど─

理不尽なことをしてしまっている自分に腹を立て、初めて気付いた彼女への想いを持て余し気味のローは感情を荒立てることしかできない。

「八つ当たりなどしてねぇ!」

「じゃあなに?私が悪いの!?」

こんなにそばにいて、心が壊れそうな程に想っているのに、上手く気持ちが伝えられない。

そのもどかしさの全てに嫌になる。

腹が立つ。

そんな自分が許せない。

「あぁ、お前が悪い。」

感情が荒ぶったローはそう言い放ち、彼女の小さな身体をベッドに押し倒していた。

抵抗するイオナの腕を押さえつけたとき、彼女は涙声で小さく溢す。

「こんなに近くにいるのに、なんでローには届かないの?わかってくれないの?」 と。

その台詞をうまく咀嚼できなかったローは眉を寄せ、くちごもる。イオナの瞳から溢れる涙の量は次第に増え、小さな嗚咽も漏れ始めた。それでも彼女は言葉を続ける。

「ロー、答えてよ。ねぇ、私、もう無理だよ。ただの幼馴染みなんて…」

今まで解いてきたどんな数式よりも恋愛は難解だ。誤答への誘導は見破られても、女心は読み取れない。

「あんたが好きなの。ずっと、ずっとローのこと好きだったんだよ…」

泣きじゃくるイオナは幼い頃の面影を残しながらも、確実に成長していた。むしろ、変わっていないのは自分なのかもしれないとローは思った。

情けなさと申し訳なさと、強い想いと…

「気づいてやれなくて悪かった。」

涙で濡れた頬に触れてやると、彼女は驚いたように大きく目を見開いた。

「ロー…?」

「悪かったな、鈍感で。」

「どうやら俺も、お前を好いていたらしい。」

彼らしい言葉で放たれた、飾り気のない台詞。

その言葉にどれだけの思い出が含まれていて、どれだけの想いが刻まれているのか。

「今日から私はローの彼女だね。」

泣き笑いの顔で嬉しそうにそう口にするイオナをみて、ローもまた照れた笑みを浮かべた。





END



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