朝から大学へ行っても、一日中講義が詰まっているという訳じゃない。今日のイオナは1限目の講義が終わると、4限目までの2コマ分、時間が空いていた。
いつもなら友人たちと過ごすのだけど、生憎みなさん恋愛達者なご様子で恋人たちと過ごすらしい。羨ましいなんて気持ちはないと思う。確信は持てないが…。
一人で過ごすのもアレだからと、ローに連絡をしようとしたところで、ヴェルゴさんと会ってしまった。
暇なら自習室にでもと誘われ、断る間もなく彼は歩き出してしまった。そのまま回れ右して帰ってしまえば良かったのかもしれないが、どうせ暇なのだからと一緒に過ごすことにした。
まではよかったのだけど…。
(会話が続かない…)
確かに数日前までは会話が出来ていたはずなのに、無言の時ばかりが流れ、気まずさが際立ってしまう。おまけに、ローのあのイラッとしている時の表情を思い出してしまい、落ち着かなかった。
ソワソワしていることを悟られないように、どうでもいい参考書を一心不乱に読み耽る。
幼稚園の頃から、私の右側には必ずローがいた。聞き手を塞がれるのを嫌がる彼の左手に、私がすがり付いていたからだ。
今はそこに対して親しくもない先輩がいる。
なんだか急に違和感を覚えて、自分が自分でなくなっていくような憂慮感すら覚えた。
(ロー、何してるんだろう。)
胸中でそう呟いた刹那、左腕を強く握られる。
ハッとして通路に目をやると、そこには鬼の形相のローが立っていた。
「ロー?」
「こんなところで何をしていた?」
「えっと…」
突然のことに感極まってしまい言葉がでない。
ボケッとしているとバッグが引ったくられ、机に並べられていた教材やら、文房具やらが雑に押し込まれ始めた。
「え?ちょっと待って…」
「黙れ。」
「ロー、どうしたの?」
「帰るぞ。」
すごい剣幕だった。
再び腕を掴まれ立たされる。
「だめ、まだ講義残ってる!」
「……。」
自習室のドアまで早足で進む。ヴェルゴさんへ言葉をかけることも忘れ、ただローの苛立ちを隠そうともしない表情を見つめていた。
そのままの勢いで自習室を飛び出し、長い廊下を進み、園庭までやってきたところでやっと手が離された。
手首がジンジンと痛む。
それだけ彼が苛立っていたということなのだろう。
気がつけば彼の表情から苛立ちは消えており、罰が悪そうな顔をして俯いていた。
蚊の泣くような小さな声で「悪かった…」と呟いたローの顔を覗き込むと、彼はフイッと顔を背ける。
「そんなにヴェルゴさん嫌い?」
「そうじゃない。」
「じゃあ…」
そう言いかけたところで、ローは踵を返した。向けられた背中は大人と変わらないはずなのにずいぶんと小さく見えた。
「また夕方にね!」
返事はない。
でもきっと大丈夫。
あんな風に取り乱した姿や、苛立ちを露見させた姿をみたのは初めてだった。けれど、不思議と怖いとは思わない。嫌だとも思わない。
むしろそれが自分に向けられたことが嬉しく思え、愛しさが更に強くなっていた。
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