ロー短編 | ナノ

数分後。

私は頭を抱えていた。

話の内容からして、ビンタされた原因は─どれだけ身びいきしても埋められないほどに─ローにあった。

どう考えてもこの男にはデリカシーというものが無さすぎる。

味方をしてあげたいとは思うけれど、それではなんの解決にもならないし、肯定してしまえば同じのことを繰り返し兼ねない。

私は意を決して口を開いた。

「それはローが悪いんじゃないかな?」

言い終える前にはすでに、彼は裏切られたとでも言いたげな表情を浮かべて舌打ちした。

「普通に考えて、告白してきた子に「煮ても焼いてもブスはブスなんだな」なんて言っちゃダメだよ。」

「ブスはブスだ。」

「だからブスブス言わないの。」

「ブスにブスと言って何が悪い。本当のことを教えてやった俺にぶちギレるなんて逆ギレだ。性格までブスじゃねぇか。」

なんてひどい男なのだろうか。

「だいたい俺はギャルは嫌いだからお前みたいなケバケバしい女は無理だと最初に伝えてある。イメチェンしたから認められると思ったのかもしれないが、内側から滲み出ているあのビッチ臭は耐えられるもんじゃねぇ。」

「ビッチ臭ってあんた…」

「黒目がちに見えるコンタクトだかなんだか知らねぇが、俺からすりゃ死んだ魚の目にしか見えん。ギャルが嫌だと言った途端に、黒髪にするあの思考レベルの低さ。世間があの女を受け入れたところで、俺は断じて許さん。」

「そこまで、大袈裟なことかな…?」

「イオナ、お前はバカか?」

「なっ!!!」

「ブスはまだいい。ブスを誤魔化そうと足掻いて隠し立てしているクソ女と結婚し家庭を築くことで、遺伝子が汚れるんだぞ?隠蔽の血が流れる。 それがどれだけ危険なことか。」

(普通にブスはいいんだ…)

次第に熱くなっているローを前に、頭を抱えることしかできない。

これじゃあまるで、錦織圭が世界1の選手に勝った時の修造じゃんよ。ねぇ、ねぇ、ロー。あんたは冷静沈着男だったはずですが…。

胸中で勝手にぼやく、私。あの熱い男を思い出しただけで、室内の温度が上昇するのを感じた。

話が脱線したが、要するに、ギャルに告白されて「ギャルとは付き合えない。」と断ったら清楚系にイメチェンしてリベンジしてきたのだという。

そんな健気な女の子に対してローが吐き出した台詞は「煮ても焼いてもブス」だとか「ビッチは帰れ」だとか。

それはもう、ビンタされて当然のシナリオだと言える。

それでもローは「俺は悪くない」を押し通す気満々だった。

このままで埒があかないので、話を少しずらしてみることにする。

「じゃあ聞くけどさ、ローはどんな娘が好きなわけ?」

「俺のタイプか?そりゃ、ざーさんだ。あんなのが嫁になってくれるなら、俺は天に召されても文句は言わねぇ。」

ざーさんって。ざーさんって…。

頭の中で、とある声優の顔を思い浮かべ「あぁ、ああいうのか。」と一人納得する。確かにギャルとはかけ離れた、大人しそうな容姿をしていた。

しかし、まぁ。このトラファルガーさんがそういったタイプの女性が好きとは初耳である。

高校の頃にいた彼女はやたらと幸の薄そうな、色素の薄い女の子付き合っていたような、いなかったような…。

ただあの娘がざーさんとイコールかと言われれば、完全にNOである。

「俺と付き合いてぇなら、最低でもいきものがかりのボーカルくれぇのレベルが必要だ。」

「……。へぇ、そーですか。」

これまたコアなところをぶっ込んできた。っていうか、全然タイプ違うじゃん。

清楚な見た目と大和撫子っぽい雰囲気をあわせ持つ声優と、小動物系の顔立ちで天真爛漫そうな歌手。

全くタイプの異なる二人の名前を出されても混乱するばかり。

「ギャルは論外だ。ブスより有り得ん。」

「じゃ、整形は?」

「サイボーグに用はない。失せろ。」

「私はしてないっての。」

こうして話をしていて思う。いったい私はローの目にどういう風に映っているのだろう。

今まで一度も容姿をディスられたことはないし、当然ながら褒められたこともない。

1度だけ、「死んだばーちゃんの匂いがする。側にいろ。」と言われたことならあるが…

それは"ばーちゃん独特の香り"ではなく、い草と蚊取り線香の匂いだということに彼は全く気がついていなかった。

無頓着なのかアフォなのか。

よくわからないけれど聞いてみたい。

「じゃあさ、私はどのレベルなわけ?」

「ん?」

「ローからみたら私ってどう見えてるわけ?」

「……………。」

帰ってきたのは無言。

真剣な面持ちで、顎に手を当てるあからさまな考えてますポーズで考え込む幼馴染みを前に、こんなことをわざわざ聞くんじゃなかったと後悔する。

もういいよ。そう口にしようとしたところで、ローはポンッと手のひらに拳を乗せるという、あからさまな閃いた仕草をしてみせ──

「そうか、そうだな。そうだった。俺は大事なことを見落としていたようだ。」

ひとり納得したように呟き始めた。

「俺は見落としていた。イオナが女であるという事実を見落としていた。」

「は?」

「幼馴染みというのはあれだ。幼少期から築き上げてきた信頼関係が性別の垣根を作らねぇ。その存在が自然すぎて、イオナが異性だという認識すらしていなかったな。」

(おいおい待てよ。)

突っ込みたいのはヤマヤマだが、ローは言葉を終わらせようとはしない。

「いや、待てよ。生物学上、女だとはわかっていたんだ。ただ、異性としての垣根を作っていなかったために、恋愛対象としての認識がなかった。そうか。そういうことだ。」

(いやいや、どーいうことだよ。)

頭が痛い。耳鳴りがする。ある種の目眩を覚える…。

どうかしてるぜ、トラファルガー。

圧倒的なまでに蓄積されていくストレスに不快感を感じながらも、幼馴染みの性格を理解しているためか心はそのすべてを必死でスルーしようとしていた。

そんなこちらの精神状態に気がつくことなく、ローは爽快な口調で言いきる。

「別にタイプでもなんでもない顔とはいえ、性格には文句はない。よし、そうだ。イオナ、俺と付き合え。」

「は?」

「彼女がいれば言い寄ってくるバカ女もいないだろう。それに踏まえて、イオナは以前から俺に対して積極的にアプローチしてきていた記憶がある。ここは俺たちが付き合うということで……」

ドンッ

ローの台詞は、イオナの手元から吹き飛んだ枕の激突により遮られた。

なにがなんだかんからない様子で、小難しい表情をつくる幼馴染み。

そんな彼の前で仁王立ったイオナは、プルプルと震える拳を強く握りしめていた。

「あんた、ばっかじゃないの?」

「?」

「そんなだからビンタされんのよ。このクソナルシストぉおおおおおお!」

爽快感溢れる回し蹴り。

それはローの頬にクリティカルヒット。

椅子ごと後方へぶっ飛んだ彼はフローリングの床に後頭部をぶつけ、痛みに悶えている。

「誰があんたにアプローチしたって?ぁあん?」

「イオナ……、待て。」

「徹底的にデリカシーを、教養を叩き込んであげる。言って良いことと、悪いことの区別がつくように…」

バキゴキと指を鳴らして詰め寄るイオナの剣幕は、無頓着なローにだってそれが危険だと理解できた。

「わ、悪かった。俺が、俺が…」

「謝らなくていいから、言って良いことと悪いことをちゃぁんと理解しましょうねぇ。」

「………くっ、やめてく、れぇ…」

イオナは男の大事な部分を踏みつけながら、どんな言葉が相手を傷つけるのかを延々と語り続ける。

それに対して、呻き声で返事をしながらローは考えていた。

「これはすごい。」と──。

こうして大学一年生の秋、二人の関係は進展(?)した。

さてさてこれからの二人の関係は、いったいどんなものになるのやら。

「わかった?思ったことってのは、全部相手に伝えなきゃなんないわけじゃ…って、なにニタニタしてんのよ。」

「別に、なにもねぇが…。」

踏みつけたまま見下ろすと、気まずそうに顔を背けるロー。その頬はほど良く赤い。

「何もねぇが。もうちょっと強く踏み踏みしてくれたら…助かる。」

「な、な、なぁんで喜んでんの!?」

「開花宣言だ。」

「は?」

「性癖の開花宣言だと思ってく…うぐっ」

「変態、マゾヒスト、アナルビッチ…」

「そっちの、開発は…まだだ、ウグッ」

どちらにしろ、デリカシーと教養の面においての調教が滞っているのは間違いなかった。


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