ロー短編 | ナノ

そして1時間後。

離れていく背中を引き留めることもできず、ローはただドアノブを回す彼女をじっと見守る。

「それじゃ、おやすみ。」

「あぁ。」

一度こちらを振り返り、ニッコリと微笑んだその笑顔すらも焦れったく、恋しくてしかたない。

そんな感情を押し殺しながら、今日もまたローは恋人とのたった数時間のお別れを惜しんだ。

と思いきや。

ドアが静かに閉ざされたのを確認したローはニヤリといやらしい笑みを浮かべながら、ソッと内側から鍵を閉める。

その上、ドアに耳を張り付け足音が遠ざかるのをしっかりと確認する始末。

ここまでして彼がこれから向かうのは、この部屋からのみ行ける隠し部屋。

本棚をワンタッチ操作でずらし、現れたタッチパネルに数字を打ち込む。『ピピッ』と電子音がなると本棚がクルリと半回転。

その奥にあるのが、ローにとってかけがえのない秘密の部屋。

ここの存在を知っているのは、クルーの内でも荷物の運び込みを行ったほんの数名。

初期整備こそ手伝ってもらったものの、現在どのように利用しているかは彼らも知らないだろう。

もちろん船に乗って時の浅いイオナは知るよしもなく、そして教えることができるわけもなく。

まばゆい光に包み込まれる本棚の向こう。

その部屋は潜水艦の一室、しかも隠し部屋とは思えないほどに豪華な作りとなっている。

きらびやかなシャンデリア。
純金と純白で彩られた家具。
品のある赤に金の刺繍が煌めく絨毯。

なにより目立つのは、部屋の中央に置かれたキングサイズのベッドだ。

天蓋からおりるレースは、大袈裟過ぎない程度に金の糸が縫い込まれたクリーム色をしている。それが中の様子が陰でしか見えないように何重にも垂れ下げられており、品性のあるベールを作り出していた。

そんな空間の中で目を引くもの。

「待たせて悪かったな。」

優しい目をしたローは、そのベールの向こうの人影に柔らかい口調で語りかけた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

一方…。

ローに別れを告げ自身の部屋に戻ったイオナは、すぐさまドアノブにつけられている鍵をかけた。

部屋のドアにつけられた覗き穴から廊下の人通りを確認した後、イオナ自身が勝手に取り付けたフックにナンバー式の南京錠を通し、ロックする。

それが緊張の伴う作業だったかのように、彼女はドアにペタンと背中をつけ、ズルズルと床へ座り込む。

深く長い息を吐いたあと、ある一点を見つめイオナは朗らかな笑みを浮かべ…

「遅くなってゴメンね…、アルヴァロ。」

優しい声色でボソッと呟いた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ローは幾重にも重なるレースのベールに手をかけ、落ち着いた面持ちでその中へと足を踏み入れる。

人影のシルエット。シルクのシーツにくるまれた"その人"は、ふくよかな胸のラインを惜しみ無く晒し仰向けに寝転んでいた。

「もう寝てるのか?」

「………」

無言を貫くその人物にローはソッと手を伸ばし、柔らかな髪を指ですく。まるでそれは人の髪とは思えないほどに柔らかく、しなやかだ。


「イオナ、愛してる。」

「………。」

イオナと呼ばれたその人物は、まるで人形のように呼吸の音ひとつ立てないでただ天井一点を見つめている。

「嫉妬しないでくれ。俺はいつだって、イオナのことを…」

「…………。」

「おい、聞いてるのか?イオナ。」

「……。」

「まぁいい。あとは身体に聞いてやる。」

ローはただ一人。

イオナと呼ばれる─質感、材質、その形まですべてがまるで人間のような─人形との数時間ぶりの再開を喜び、そして長い夜を迎えた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「アルヴァロ、待たせてごめんね。」

イオナの視線の先。

そこには─先ほど彼女が手にしていたものよりも銃身が長く、それでいて使用感が見てとってわかる─ヴィンテージ物だと思われるリボルバー式の拳銃が飾られていた。

「愛してる、アルヴァロ…。」

とろんとした瞳で、それに手を伸ばす彼女もまた異質。

****

ローが愛するラブドール

イオナが愛するレボルバー

ふたりはそれぞれの秘密を抱えて。


ラブドール★レボルバー

END

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