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初恋B

『どこかでやっちゃったってことでしょう? 』

『…………。』

あれは追及に対する無言であり 、嘘をついた訳じゃない。強いて言うなら、ちょっと見栄を張っただけだ。

もとより、勝手に間違った解釈をしたのはイオナの方なのだから…。

そう考えることで気持ちはずいぶんと楽になった。

それに加え、胸につっかえていた重たい気持ちは、一晩寝たことですでに霧散していて、今ではそのやりとりすら過去の事として頭の隅に追いやられている。

だからこそ、ゾロは普段通りにイオナの家の前に立ったのだが。

「よう。」

「お、おはようっ。」

玄関から出てきた彼女が浮かべたのは、どこか陰りのある笑み。天真爛漫さが感じられない、ぎこちない挨拶に、ゾロは首を傾げる。

「どうかしたか?」

「うぅん。なんにも!」

率直すぎる問いかけは失敗だったのかもしれない。イオナは軽く首を振って否定するけれど、どうみてもなにもない顔じゃない。

勝手に歩き出してしまったイオナを引き留めたくて、手首を掴もうとしてみるも、スッとかわされてしまう。

「早くしないと遅刻しちゃうよ?」

「そんなギリギリじゃねぇだろ。」

「でも、なにがあるかわからないから。」

イオナの視線があからさまに泳ぐ。もともと落ち着きのないタイプではあるけれど、それとは違う挙動不審だ。

「イオナ…?」

「何?」

「…いや、別に。」

問いただすのを躊躇ってしまうのは、幼馴染み故の勘というヤツだろうか。イオナの態度が、イオナの瞳が自分を拒絶しているような気がして、口ごもってしまった。

見栄っ張りなクセにへっぴり腰。
そんな誰にも知られたくない欠点が足を引っ張る。

イオナの機微により生まれる動揺に、不甲斐なさを言い当てられているようで、ひどくムカついた。

学校に近づくにつれ、学生たちによる姦めかしさと、胸のざわめきだけが大きくなってくる。

無言から生まれる居たたまれなさに、チクチクと心臓を刺され、気持ちだけが焦った。

隣を歩くイオナに気づかれぬよう、ゾロは深い溜め息をつく。

イオナが押し黙ってしまうと、会話が続かない。それはつまり普段の自分があまりイオナに喋りかけていないと言うことだ。

聞き手でいられることに満足していて、発信することを忘れていた。繋がりのほとんどをイオナに頼っていた。

その『役回り』が意味するところ─

ゾロは自分が手のひらに嫌な汗を握っていることに気がつき、顔をしかめる。ピンチの時にうまく立ち回れるほど、人間関係に器用じゃない。

頭をフルで回転させて最善策を探す中、イオナがポツリと呟いた。

「今日、委員会だから。」

「じゃあ、待って─「待たなくていい!」

食い気味に放たれた、突然の大声にゾロは驚く。イオナ自身も、その声量に驚いたらしく一瞬だけ、慌てた顔をした。

「…………ごめん。」

「いや、別に。」

どうしてイオナがこんな態度を取るのか。そのきっかけはなんとなくわかっている。

けれど、それはきっかけにすぎず、『原因』ではない。

イオナが何を考えているのか。
何を悩んでいるのか。

幼馴染みの普段はみせない悲痛な横顔を前に、ゾロは無意識に歯噛みした。



初恋C

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