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初恋A

(誰とヤっちゃったんだよ。)

すでにぬるくなり始めた湯船。答えなどあるはずのない悩みに溺れたイオナは、そこから出られないでいた。

『ノーコメント。』

そう答えた時の、ゾロのアンニュイな表情が頭から離れない。

てっきり「童貞で悪いかよ!」と照れ隠しの逆ギレが返ってくると思っていた。顔を真っ赤にするゾロを期待していたのに。

返事を聞くことで安心できると確信していたイオナにとって、この結果は残念すぎる。

いつの間に。どんな娘と。どこで─。

考えたところでわかるはずがない答え。本人から聞き出すことでしか知ることのできない回答。けれど、訊ねる勇気はなかった。

イオナは鼻の下まで水面に浸かる。
口から息を吐くとブクブクと水面が震え、波紋が広がっていく。

ゾロのことを『好きじゃない相手とエッチできるような人間』だとは思いたくない。けれど、初めての相手が好きな子だったならもっと嫌だと思ってしまう。

理不尽で、まったく一貫性のない思考。
けれどそれが紛れもない本心だった。

イオナの知る限り、ゾロは一部の男子のように女の子を性処理の道具だと認識するようなタイプの人間じゃない。だからこそ、自分の知らないところで、女の子を弄ぶようなことをしているとしたらそれは心底悲しいことだと思う。見損なうと思う。

遊びで身体を重ねられるほどエッチに対する認識が軽いのなら、軽蔑するかもしれない。

でも、それ以上に辛いのは、ゾロが誰かを想っているということ。身体を求めたくなるほど、好いているということ。

他の娘と肩を並べて歩くゾロ。
その背中を見つめたまま、ただ置いていかれるだけの自分の姿を想像するだけで、胸が苦しい。

「わざわざ聞くんじゃなかった…」

我慢する必要はない。
誰にもバレなければいい。

だから、泣いてもいいんだ。

今、この瞬間。
ゾロが何をしているのか。
誰を想っているのか。

考えたところでわからない。わかるはずもない。
大好きだったはずの幼馴染みのことを、なにも知らないことをイオナは思い知る。

「置いてっちゃ、やだよ…」

自分より先に"一歩だけ"大人になったんだと割り切れるほど大人じゃない。経験してるなら安心だと甘えられるほど、子供じゃない。

何を経験するにも、ずっと一緒だと思っていた。
これまでと同じように足並みを揃えて貰えるものだと、無意識に信じていた。

だからこそ、不安で胸が潰れてしまいそうになる。
孤独で凍えてしまいそうだった。




初恋B へつづく。

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