Sympathy | ナノ


海賊ヒーロー

すでに陽は落ちた時間帯。
昼間いた店よりワンランク上のカフェbarで、イオナは一人で酒を煽っていた。

もうすでにあの直後に感じた憂いの気持ちはなく、どちらかと言えば憤りをくすぶらせている状態。

あんなヤツ…

キッドの粗野な態度を思い出し、苦虫を噛んだかの如く顔をしかめる。

人の心に土足で踏み込み、必死に誤魔化してきた感情まで混ぜっ返した。そのクセに、妙に引き際を存じているような素振りを見せるところが余計に勘に触る。

なにより腹立たしいのは──

『お前の愛した男も、その代わりの男も、責任は取っちゃくれねぇよ。』

全てが"あてつけ"であることを言い当てられたこと。

実際に心を読まれた訳ではないのに、内側を覗き込まれたような不快感。

初対面の男からみてもわかるほどに露骨だったというのだろうか。

いや、そんなはずは─

普段よりずっと早いペースで飲み進めるイオナ。不安を紛らすように、次々とグラスを空にしていく。普段は酔い潰れるほどは飲まないのだが、今日は無意識のうちに泥酔を求めていた。

なにもかも忘れてしまいたい。と。

急性アルコール中毒でも、帰宅時の事故でも、なんでもかまわない。自分という存在を消失させてくれるのなら──

独りぼっちでやけ酒を煽る年頃の女を、周囲の男たちが放っておくはずもなく、イオナはあるグループの中にいた一人の男に声をかけられた。

「隣、いいですか?」と。

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グラングランと視界が揺れる。頭が鈍く重たいのに、足元はふわふわする。その違和感は、地面が歪んでいるのかもしれないと錯覚するほど。

自分を支えている人が誰なのか。
なんと言って話しかけられているのか。
なにも聞こえない。届かない。

胃から込み上げてくる不快感を飲み込み、考える力を失っている頭を項垂れる。

複数の男たちにホテルに連れ込まれているという状況でありながら、イオナはそれを理解することが出来ない。

理解していないのだから、抵抗できるはずもなく、されるがままに歩かされる。きっと男たちは彼女に歩く力が無ければ担いででも連れ込むつもりなのだろう。

欲望でギラつく眼をイオナへと向ける男たち。えらく硬そうな見せかけの筋肉と露骨なタトゥーが悪目立ちしたその風貌は、この町ではあまりみかけないタイプの悪党だ。

どういった経緯でこの島に現れたのかはわからないが、よそ者であることは間違いない。

伝のない彼らは知らない。イオナという少女がこの島でどれだけ有名であったかを。どのような境遇を辿った『誰の女』であったのかを。

時間が時間なだけに、この様子をみている者はないはずだ。仮に居たとしても、わざわざ泥酔した女を救おうとする者など現れないだろう。

なにより、勝手に泥酔していたんだから自業自得だ。

男たちは欲望のままにそう考える。

深夜の蛮行が世間に露見されるはずがない。もしバレたとしても自分達が罰せられる可能性など微塵もない。と。

しかし─

細い路地裏からふらりと現れた、大柄な人影。
その影は男たちの行く手を阻む。

「よう。」

完全に鈍くなっていたイオナの脳みそは、その声に反応した。項垂れていた頭をわずかにもちあげる。

「悪ィこったァ言わねェ。その女ァ、俺に渡せよ。」

「はぁ?」

「覚えとけェ。俺ァ、海賊だ。」

ハッタリともとれる発言だったが、男たちはその影の纏う─人殺しも厭わない─雰囲気に気圧される。先程までは欲望でゾクゾクしていた身体が、別な意味でゾクゾクし始めた。

ヤバイ。砕け死ぬ。ぐちゃぐちゃに殺される。ヤバい。砕かれる。骨も、肉も、皮も…、ってか、コイツ─

影の放つ威圧感。そこに泥酔していた少女を輪姦しようとしていたことに対する後ろめたさが相まって、焦燥は更に強くなる。

それでも、すんなりとイオナを引き渡すつもりにはならないようで、それぞれが逃げ道を探すように視線を泳がせるが─

気配なく背後に迫っていた巨漢を前に、後退の道も選べないことを知る。

なんとか命だけでも…

そう考え、彼女を引き渡すことを決めるリーダー格の男。仲間たちに目配せで同意を求め、イオナを影に向けて突き出そうとしたのだが──

そこで不思議そうにキッドを見つめていたイオナが、ぼんやりと呟く。

「エース…」と。

体格も、声も、服装も。全く似ても似つかないというのに、彼女は幻をみているかのように想い人の名を呼んだ。

それが影男─キッド─の怒りスイッチを押す。
彼は苦々しげに笑いを浮かべながら跳躍した。

「俺のどこが火拳だァ!ゴルァ!!!」

完全なる八つ当たり。
一応手加減はしているようで、ただの喧嘩の如く拳を振り上げるキッド。散り散りに逃げようとする男たちだったが、その行く手を阻む巨漢により全て押し戻されてしまう。

「てめぇ、おい!イオナ…」

「………。」

酔いのせいで視界がふやけている。泥酔しきった頭ではその蛮行の世界すら、ぼんやりとした背景のようにみえてしまう。

地面にぺたんと座り込んだイオナは、暴力の嵐を放心状態で受け流している。

それでも名前を呼ばれたことはわかるらしく、その声の方へと顔を向けた。

ズカズカとイオナに歩み寄るキッド。

「てめェは…、何ィ考えてんだ!?」

「………?」

虚ろに潤んだ瞳。月明かりに照らされた双眸はキッドに向けられていたが、彼を見てはいない。焦点が定まらない瞳の先にいる男を想像し、キッドは苦虫を噛んだ。

けれど、それにイオナが気がつくことはない。

幻を見続ける彼女の正面にしゃがみこんだキッドは、その頬を乱暴に鷲掴み顔をグラグラと揺らす。

「こんな骨のねェヤツらの、いい玩具にな…」

「…ウグッ」

「は?」

「ウッ、…プッ、グゲェッ」

「…ッ!?───お、おま、て、てめェッ!!!」

噴水のように吐き出された吐瀉物。その反射神経で危機一髪逃れたキッドは、最初こそ苛立ちを露見させていたのだが──
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