Sympathy | ナノ


変な奴

イオナは反射的に声を張り上げる。

「私は嫌です!」と。

「嫌です!じゃないでしょうに…」

「海賊なんてクソ食らえよ。関わりたくないの。」

「お客さまの前でやめなさい。」

「なによ!みんなしてウザい!うざすぎる!」

モモと別れてからイオナに舞い込んできたのは、観光案内の依頼。イオナの知人の老夫婦が営んでいる宿で行っているサービスなのだが、彼女はチップ目的で時々お手伝いをすることがあった。

今日もまたその依頼で、気を紛らせるにはちょうど良いと思っていたのだが。

宿まで依頼主を迎えに行ったところで、相手が海賊であると知り、イオナは尻込みした。なんとかしてその場から逃げ出したいために、ついつい感情的な言葉が口をついてしまうが、自分でも止めようがない。

不安で怖くて仕方なかった。

恐怖心を怒りに変換して吐き出すイオナと、それを宥めすかそうとする宿屋の会話を遮ったのは依頼人の男。

「初対面のヤツにクソ食らえとか言っちまえるお前の方がウザいだろ。」

「なによ!鶏みたいに真っ赤なトサカ立てちゃって。私は赤も、海賊も、大嫌いなの!」

勝手に口にして、勝手に傷ついた。
なんで。どうしてみんな忘れさせてくれないの。

怒りに任せて、腕を振り上げる。イライラした気持ちを込め、長身の依頼人の頬をめがけて平手を振り下ろすけれど、ガシッと手首を掴まれてしまった。

「離して!」

「無理。」

「なんで!?」

「離したらビンタされるだろ。」

依頼人は少し困った風に言う。どうしてこうも海賊はいい人ぶるのか。「お前ムカつく。だから殺す。」とか言ってくれないのか。

イオナは依頼人である、ド派手な格好をした海賊を睨み付ける。その出で立ちや雰囲気はエースとは違う。全く違う。でも同じだ。海賊という部分が重なっている時点で、同類だ。

「お前、なんで海賊が嫌いなんだよ。」

「別に。」

「そんなに根に持つことか?」

「は?」

「置いてかれたくらいでそんなに腹が立つのか。」

「全部話したんですか?」

イオナは宿屋のお婆さんを睨む。「ちょっと世間話しただけだろ。」と答えたのは、依頼人の男だった。

「名前も知らない奴に、プライベートなこと知られて「世間話だもんね。」とか言えるほど、私は目立ちたがり屋じゃない。」

「キッド。」

「は?」

「俺の名はユースタス・キャプテン・キッドだ。」

「だから?」

「名前も知らねぇ奴にプライベートなことを知られたくねぇ、とか言ったのはお前だろ。」

「…………。」

なんなのよ。コイツ、なんなのよ…。

海賊特有の堂々とした立ち振舞い。誰にも負けない。自分は強いと言いたげな、自信たっぷりの態度。それが、エースよりもずっと強いこの男は、いったい何者なのか。

「甘ったれたこと言ってんなよ。俺は依頼人だ。おめぇは俺を案内すればいい。それが仕事なんだろ?」

「死ね。クソ海賊。」

「あぁン?聞こえねぇな。」

「ついてきなさいよ。案内してあげる!」

掴まれていた方の腕をグッと引いて、彼の手を振り払う。ゴツゴツとした感触が手首に残っている。踵を返したイオナは、自身の手首を撫でながらずんずんと歩き始めた。

「痛かったか?」

「別に。」

「力加減は苦手なんだ。悪かったな。」

「うるさい。」

どうしてこんなに反応してしまうんだろう。警戒してしまうんだろう。

相手が男だから?違う。
海賊だから?違う。

この人が妙だからだ。

「なぁ、そんなズカズカ歩いてたら観光館内にならねぇだろ。楽しめねぇよ。」

「うるさい。」

「イオナちゃーん。ご機嫌斜めのイオナちゃーん。俺様を怒らせるなよー。」

「俺様とか。ばっかじゃないの。」

なんで、どうして。

頭の中でキンキンと警戒音が鳴る。忘れたいはずのエースの笑顔が思い出されて、不安で、淋しさが募って。それなのに…

似ても似つかない。全くタイプの異なる男だ。
出逢ったばかりのへんてこな海賊だ。

海賊であること以外、繋がりのない男なのに、なんでこうも懐かしい気持ちになるんだろうか。

「イオナって良い名前だよな。」

「そうでもないけど。」

「親がつけてくれた名前だろ。褒められたんだから喜べよ。」

「アンタなんかに褒められても嬉しくない。」

「アンタじゃねぇ。キッドだ。」

挑発してるのに、喧嘩を吹っ掛けているのに、相手にすらしてもらえない。

なんで、どうして?この人が海賊だから?

「私は海賊は嫌いなの。黙って。」

「嘘だろ。」

「アンタになにがわかるの?」

「考えてみろ。普通、嫌いなら忘れるだろ。」

「は?」

「お前は前の男を思い出したくないから俺様を避けてんだろ。似ても似つかない俺様ですら避けたくなるほど、まだソイツが好きなんだろ?」

なんなの。なんで、心を読まれてんのよ!

イオナが足を止め振り返ると、キッドはヘラヘラと笑みを浮かべていた。キッと睨み付けるけれど、それは牽制にも威嚇にもならない。

彼はただ挑発的な笑みを浮かべていた。






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