Sympathy | ナノ


鍵屋

鎖を千切られた手錠は、まるでブレスレットのように二人の手首にぶら下がっている。

キッドの装いにはぴったりにマッチしていたけれど、イオナのワンピースには不釣り合いでどこを歩いても人目を引いた。

イオナは思う。キラーを宿泊施設に残してきたのが間違いだったのだ、と。彼が一緒に歩いていれば、きっとすれ違う人はみな目を逸らしただろう。覆面の奥から覗く瞳に圧倒されて、凝視なんてできなかったはずだ。我先にと視線を逸らしたに間違いない。

痛いものを見る目を向けられるくらいなら、嫌煙された方がずいぶんとマシ。そう思うほどに町の人たちの目は冷ややかで、居たたまれない。顔見知りに合わなかったこのは幸いだけれど、悪い噂からは逃れられないだろう。

イオナは隣を歩く男へと視線を向ける。

キッドはキラーよりもずっと派手だし屈強そうだ。その傲慢さや狂暴性は雰囲気から見て取れる。

けれど、どことなくちんどん屋風な雰囲気もあった。

嫌煙されるというより、視線を一応に集めてしまうタイプ。きっとそれが今のキッドなのだろう。バンドマンのような露骨な装いでは、目立つばかりでどうしようもない。

この島では特に異文化が好まれる傾向にあるため、彼は注目を浴びやすい存在といえる。

キッド本人もそういった視線を嫌がっていない。むしろ機嫌はよいようで、装飾品をジャラジャラいわせながら、我が物面でイオナの隣を歩いている。

そうしてたどり着いた鍵屋は、当然ながらイオナの顔見知り。おじいさん店主は千切れた鎖をみて、感心したように溜め息をもらしただけで、こうなった事情を問うようなことはしなかった。その代わりに─

「この鍵、どこで手に入れたんだい?」

「どこでって…」

返事に困ったイオナは、隣で手首の具合を確かめているキッドを一瞥する。「俺様が先だ!」と、押し退けるように先に開錠してもらった彼だけど、まだ鍵屋にお礼を言っていない。

そんなまともな躾もされていない海賊は、鍵屋の問いかけにも耳を傾けてすらいなかった。イオナは首を横に振る。

「私にはわかりません。」

「あっちの兄ちゃんが持ってたんかい?」

「いえ、その…」

答えようがなかった。店主の視線がキッドに向かうけれど、それ以上の何かはない。

「こりゃ、昨日の昼頃にうちから盗まれたヤツだ。なんでイオナちゃんの手首に…」

店主は別にキッドを疑っている様子ではない。その理由は簡単で、昨日の来客の中にこんなド派手な人がいなかったことを覚えているからだろう。

イオナは手錠のない方の手でキッドの腕を掴む。

「ねぇ、キッド。この手錠。あの部屋で拾ったんでしょう?」

「あぁ。」

「あの部屋ってのは?」

「えっと…」

簡易宿泊施設だとはさすがに言えない。この町の人間ならば多少のことは知り得ているだろうけれど、そんな話を露骨にするほどイオナも馬鹿じゃない。

適切な言葉を探すうちに視線が泳ぐ。キッドはイオナの手を振り払うと、ポケットから何枚かのお札を取り出した。そして、それを鍵屋に押し付けた。

「鍵をあけただけでこんなには…」

「違う。」

「はい?」

「手錠の分も込みだ。」

鍵屋は不思議そうな顔をした。そして、イオナをチラリと一瞥すると、何かを察した楊子で微笑を浮かべた。

「はいはい。いただいておきましょうかねぇ。」

キッドが手錠を盗んだわけではない。それを鍵屋は理解している。けれど、だい賃を受け取った。放るように札を差し出したキッドから、丁寧な仕草で両手を使って。

その理由とはなんだろう。

イオナは二人の異性の顔色をうかがう。もうすでに昨夜の男とのことなど頭にはない。鍵屋は鎖の切れた手錠を開けることに集中していたし、キッドは大きなあくびをしている。

それでも何かあるのは間違いなかった。

、「鍵屋が商品盗まれてちゃ世話ねぇだろ。ちゃんと鍵ぃかけとけよ。オヤジ。」

イオナの手首から手錠が外れたタイミングで、キッドは言う。鍵屋は嬉しそうにはいはいと頷くと、針金のような小さな工具を木箱に放った。


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