砕かれた鎖不満を口にすればきりがない。
込み上げてくる感情は憤りより呆れが強く、投げやりな気持ちにすらなりそうだ。
「無くなったもんはねェんだよ!諦めろ!」
「諦めろって、どうするつもり?」
「鍵屋に行きゃいいだろ。」
手首が繋がったまま歩ける距離じゃない。 そう訴えたところで、その声が彼に届くように思てない。
土地勘がないせいか、簡単に言ってのけたキッドは、不満げな顔で黙り込むイオナをみて、めんどくさそうに溜め息を溢す。
「なんなんだよ、お前は。」
「なに、その言い方。」
「せっかく俺が妙案をあげてやったってのに…」
「妙案って、鍵屋が?」
開き直った態度が腹立たしい。けれど、本人には一切そんなつもりはないのだろう。
どうにもキッドはこの部屋で拾った手錠を思い付きで使ったらしく、鍵自体を最初から持ち合わせていなかったようだ。手錠があるのだから、鍵もあるだろう。そう考えていたらしい。
手錠を持ち込んだのが誰かなんて、考えなくてもわかる。昨晩のあの男のはずだ。
もしキッドがこなれければどうなっていたのだろう。そう考えると身の毛もよだつが、海賊と繋がれている今も充分に散々だ。
「とっとと服着て行くぞ。」
「どうやって服を着るの?」
「……キラーを呼ぶ。」
手錠をしている以上、袖に腕を通すことはできない。それに気がついたキッドは、苦々しげな表情を浮かべながらも、打開案を掲示してきた。
彼の仲間を呼ぶことが、本質的な解決に繋がるとは思えない。けれど、今はその策に乗るしかないように思えた。
…………………………………………………………
「俺じゃなく、鍵屋を呼べばよかったんじゃないか。」
「「…………。」」
十数分後に現れたキラーは感情のわからない声で呟く。ほぼ裸の男女に向けて淡々と紡がれたもっともな意見に、二人は沈黙してしまう。
「錠自体を外すのはあれだが。」
いたたまれなさしか生まない、この場の空気を感じ取ったのだろう。キラーは小さく呟くと、手錠で繋がったそれぞれの腕を掴む。
そして─
「なにす……はぁ?」
「やるじゃねぇか。」
手錠のチェーンの部分を指先で軽く捻り(少なくともイオナにはそう見えた)、鎖をあっさりと変形させ、ちぎってしまった。
目の前で行われた、常識的でない行為にイオナは言葉を失う。それにたいして、キッドは何故か鼻高々といった様子だ。
「ほらみろ。鍵屋なんていらなかっただろ?」
「確かに繋がってはないけど…」
手錠の残骸が手首に残った状態でどや顔をされても、どうとも思わない。確かに互いの身体が自由になったのだから、よかったのかもしれないけれど。
キラーはまるで関係ないと言いたげに、鉄を潰した指先の具合を確認していている。頑丈そうは身体つきの男の指は、同様に頑丈そうだ。
たとえ、真剣白羽取りに失敗しても、その手の皮で刀の先を砕いてしまうのではないかというほどに。
イオナはぼんやりとそんなキラーの指先をみつめていたのだけど、その視界をキッドがスッと塞いでくる。
「なに見惚れてやがる。」
「は?」
「今、キラーを見てただろうが。」
「…………。」
おいおい。ピンチを救ってくれた仲間にまで妬くのかよ。予想外のところで嫉妬心を剥き出しにされ、どんな顔をしたらいいのかわからない。
返答に困ってしまったイオナだったが、そのタイミングでキラーがまたポツリと呟いた。
「俺じゃなくても出来たと思う。」
「んあ?」
「キッド。お前にも千切れたはずだ。」
「まじかよ。」
まだきちんと紹介されたわけではないけれど、イオナは思う。キラー、君は出来る子だ。と。
キッドの関心はすでにイオナから手錠の鎖の残骸へと向いている。本当に自分でも砕くことができるのか、やってみたいのだろう。
男はいつまでも子供だ。
チャレンジ精神と闘争心で生きている。
イオナはキラーについて考えた。なにを考えているのかわからない覆面をしているけれど、キッドの扱いについては卓越していること間違いない。
キッドの肩越しにキラーの様子をうかがう。当然ながら表情は伺えず、顔色もわからない。ただ彼の瞳だけがこちらを向いていた。
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