Sympathy | ナノ


フィーリング

いつの間に眠ってしまったのだろうか。

濡れた服のままではどうしようもなく、そのまま部屋に泊まることになったのは覚えている。

痛いくらいに抱き締めておきながら、執拗に執着を見せつけておきながら、「とっととシャワーを浴びてこい」と素っ気なく突き放され、ムッとしたことも。

隣で眠るキッドより、一足先に目を覚ましたイオナは、緊張の感じられない大きないびきを耳にしながら、微睡みの中で思考を巡らせる。

体温を感じるほどに心が縛られる。頭で拒絶したところで、この男はどこまでも土足で踏み込んでくるつもりなのだろう。

不器用で最低なやり方だけど、でも、きっとこの傲慢さでやりたい放題してくるのだ。

今さら何を考えたところで無駄。

諦めが肝心とはいうけれど、今がその時なのかもしれない。そう思うと、スッと胸が軽くなった。

肌に触れるシーツの感触が心地よく、もう一度寝てしまおうかとおもったけれど、目覚めの膀胱はパンパンだった。朝冷えに触れた身体は、募った尿意にブルリと震える。

重たい瞼を持ち上げのっそりと身体を起こす。

全身を襲う倦怠感と、膣に感じるヒリヒリした痛み。身体の中でもっともデリケートな部分は、二日続けての酷使に悲鳴をあげる。

これは滲みるだろうなと自虐的に笑いつつも、イオナは感じている痛み以上の充足感を噛み締めた。

置いていかれる不安が消えた訳じゃない。むしろ、一層強くなったくらいだ。

それでも『俺のモン』だと言われたことに対する喜びは、孤独だった心を潤す、一粒の希望のように思える。

照れ臭さから自発的な意思表示を躊躇っていたエースと、傲慢で強引ながらもしっかりと気持ちを伝えてくれるキッド。

対照的な二人の間にある心は、よりインパクトの強い方へと流れてしまいそうになる。それでも、イオナはエースへの気持ちを忘れるつもりは毛頭なかった。

多くを求めなければいい。今を存分に楽しめばいい。いずれ訪れるであろう出航の日から目を反らしさえすれば、今はエースと過ごした日と"同じだけ"の幸福を感じられるかもしれない。

あくまで過去の恋を基準に考える。もうすでにエースに触れられた感触など思い出せなくなっているというのに、イオナはその事実から目を背けるつもりでいた。

さらに身体を動かすと、右の手首に覚える冷たい感触。

そしてそのすぐ後に、カチャリと金属のぶつかる音。腕を動かそうとすると、カチャカチャと金具が鳴り、その存在を強く主張してくる。

「え?」

嫌な予感がして、視線をそこに落とす。案の定、手首には手錠がかけられていた。もう一方の輪は、キッドの左手首に繋がれている。

ぐいぐいと腕を引いてみるけれど、キッドはまるで目覚める様子がない。せいぜい腕がピコピコと引っ張られる程度だ。人差し指と中指がピクピクする様子は、まるで赤子のようで愛らしかったけれど、今はそれどころじゃない。

イオナは盛大なイビキを立てるキッドの鼻を、空いている左手で摘まんでみた。

「ングッ…、…………んだよ。」

「なんだよじゃなくて。トイレ。」

「便所?それならあっちに…」

「場所を聞いてるんじゃない。手首のこと。」

おもった以上にすんなりと目覚めたキッドだけれど、状況がはっきりと飲み込めていないらしい。眠そうに瞼を擦りながら、二人を繋ぐ手錠に視線を落とした。

「なんでこんなのつけてるの?」

「勝手に居なくなんねぇよに…。つか、鍵どこだ?どこにやった?」

「知らないわよ。勝手につけたんでしょ?」

「クソ…、睡眠を妨害しやがって…」

「いいから早く外して。トイレが。」

意識がはっきりするほどに、尿意も強くなる。我慢の限界となっても漏らすわけにもいかず、鳥肌が立つ。とろとろとキーを探すキッドの動きは見ているだけで腹立たしい。

「もういい。一緒にきて。」

「んだよ。なんで俺がてめぇの小便に…」

「うるさい!早く!」

シーツで身体の前を隠し立ち上がる。ズルいことに、キッドは下着を身に付けていた。トイレにつくまでに「ケツが丸見えだぞ」と冷やかされたけれど、今はそこに文句を言っている場合じゃなかった。

「ここで待っててよ。」

「ドア空いてたら、中ァ、見えんだろ。」

「目、瞑っててよ!」

手錠の鎖をめいいっぱい引っ張り、便座に座る。ドアを隔てた向こうに異性がいることを思うと普通におしっこするのは恥ずかしかった。

けれど躊躇っていられるほどの余裕はない。便座に腰を下ろした瞬間に下肢の緊張は溶け、溜まっていたものがあふれでた。

「痛ァ…」

「なんだよ。」

「なんでも、ない。」

出すときも、拭うときも擦り傷が滲みる。おもわず顔をしかめながらも、言葉では強がる。というより、「あそこが滲みるの!」なんて口が裂けても言えなかった。

トイレを流し、ドアを開く。外で待っていたキッドはずいぶんと眠たげで、ふひゃあと大きなあくびをしていた。

こっちはしばらく苦痛を強いられることになるというのに、しかけた方は平然としていられるだなんて。

そう思うほどにこのだらしのない態度に腹が立つ。

「ズルい…」

イオナがポツと呟くけれど、彼は全く気にしていない。

寝起きの倦怠感を引きずったままのキッドは、「なにがだよ。」とボヤきながら、さらに大きなあくびをした。

その横顔が妙に子供っぽくて、不覚にも笑ってしまいそうになったことは秘密だ。


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