質の悪そうな男たちが、簡易トイレを背にして立つイオナとエースを取り囲む。人を見た目で判断してはいけないというが、彼らは自ら人相を悪くしているのだから避けられても文句を言えないのではないか。
手のひらに汗を握りながら、イオナはそんなことを考える。
彼らがここに来るまでのルーツや、来た理由を知らない以上、外見や態度で彼らを見極めるしかない。そのガラの悪さを肯定する必要はないはずだ。
いそいそと集まる作業員の人数は、約10人。最後にやってきたのはゆったりとした足取りのゾロだった。
誰もがイオナを舐めるように観察し、値踏みする。まるで競売にかけられているみたいだ。
一歩下がった位置で縮こまっていたからか、エースが「すぐに馴れるさ。」と他には聞こえないように声をかけてくれる。
もし『立場』というものがなければ、「こんな環境に馴れるなんてごめんだ」と言い返していただろう。それくらい、いたたまれない空気であり、動悸を覚えざるを得えない環境だ。
ただ(嫌な気分になるとはいえ)若い作業員たちの軽薄な視線について、まだ耐えられた。 なによりの問題はゾロの鋭い眼光だ。
まるで心の中まで見透かしてしまうのではないかと思うほど、研ぎ澄まされた視線。よく研いだ日本刀の切っ先を喉元に押し当てられているような、なにものにもない緊張感を覚える。
エースには悪いが、一刻も早く部屋に帰りたい。家政婦の見習いでもなんでもするから、こんなところには連れて来ないで欲しかった。
イオナはすがるような視線をエースに向けるが、彼はイオナの隣、頭一つ上の部分にジットリとした目を向けていた。
「なんでお前までくるんだよ。」
「みんな集めろって言ってただろう?俺だって、イオナちゃんの自己紹介が聞きたくってな。」
ポンッと肩を叩かれ、イオナは振り返る。その声で、そこにいるのがサボであることには気がついていたが、その距離の近さにはさすがに驚いた。そして、すごく高級そうな、いい香りがした。
「お前にはさっき紹介した。」
「紹介されたが、自己紹介は聞いてない。」
「自己紹介なんてかせるかよ。」
「おっと、独占欲が強いねぇ。」
サボはあくまでエースをからかいにきたらしい。嫌そうな顔をする友人をみて、朗らかに微笑んでいる。
若い作業員たちは「え?彼女なの?」「とうとう結婚か。」「婚約者だろ。」「ありえねぇ。」と思ったことを口々に吐き出すが、ゾロが一つ咳払いするとシュンッと黙りこんだ。
「お前ら、サボの言葉に騙されるなよ。イオナはうちで預かってるだけだ。昨日から寮で生活してて、今日からここでの預かりになる。」
少しだけ早口でエースが言い切る。そのタイミングでイオナの耳元で「おお。照れてる、照れてる。」と囁いたサボは──
「何か聞きたいことはあるか?」
──と、作業員たちに声をかけた。
途端にからかいのような質問が飛び交う。
彼氏は?スリーサイズは?経験人数は?体重は?好きなタイプは?年齢は?好きなアーティストは?
お前たちは中学生かと言いたくなるほど賑やかだ。でも、彼らから拒絶は感じない。むしろアットホームな、歓迎の意思を感じられる。
イオナはどうしていいのわからずエースの表情を伺うが、彼はサボを叱るのに忙しく、気がついてもくれない。
そこで空気を変えたのはまたしてもゾロだった。
「で─」
彼がたった一音発したたけで、若い作業員たちは口を閉ざす。ヘラヘラとしていた表情も改めた。サボと口論していたエースも、彼に向き直った。
「─今日は何やらせんだ?」
「今日はなんにも。別に決めてねぇけど…」
「じゃあ、これ。」
エースの言葉の途中ですでにゾロはイオナに歩み寄っており、話し終える前に彼女の正面に立ち止まる。そして右手を差し出した。
「え…?」
あまりに突然のことに、握手を求められたのかと思ったイオナだったが──彼の手に握られているのが千円札だったことで、思考が停止した。
「飲み物、人数分買ってこい。」
「えぇっと、飲み物って何を…」
コーヒー?お茶?ジュース?
それとも、スポーツドリンク?
困惑するイオナをみて、ゾロは小さく舌打ちし、踵を返す。
「ついてこい。」
「えぇ!?」
エースに助けを求めるが、「いってこいよ。」と爽やかに流されてしまう。サボはその隣で、「俺のコーヒーは無糖だぞ?」とどこかずれたことを口にする。
イオナは諦めたように、ゾロの背中へと視線を向けるが、彼はずいぶんと早足らしい。すでに背中が小さくなっていた。
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