俺様な恋愛ベタ
人混みの中、電伝虫を口元に当てたキッドは、慌てたように声を荒げる。
「いったいどこにいるんだ?」と。
『どにもいないから。』
「ふざんな!そこにいるじゃねぇか!」
『じゃあ、探し出して。』
「んな人混みの中でどうやって…」
『私を愛してるなら、見つけ出して。』
懸命に訴える彼をよそに、からかいの台詞と共に通話は一方的に切られてしまう。手元を睨み付けたところで、電伝虫の表情は素っ気なく、彼は困ったように頭を掻いた。
「わがままばっかり言いやがって…」
溜め息混じりに一人ごちたところで、どうにもならない。それでもついぼやいてしまうのは、いつもの癖か。
この町の規模を考えればヒントもなしに探しだすのは困難だ。普通に考えれば無理だろう。ただイオナは「愛の力で探し出せ」と言っていた。
つまりは愛の大きさを試されているのだ。
これは『愛の試練』だ。このままなにもせず、立ち止まっている訳にはいかない。なんとかして見つけ出さなくては…
必ずこの想いのでかさを証明してみせる。頭では無理だと諦めながらも、キッドはそんな想いを胸にあてもなく走り出した。
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「そっちは真逆だっての。」
高台からは双眼鏡を覗くイオナは、走り出したキッドの背中に向かって小さく呟く。
この広い町の中で隠れている人を探し出せなんて酷な話だ。偶然見つけられるかもしれないが、それは奇跡に近い確率だろう。
きっと、探しても、探しても見つからなければ諦めるかもしれない。イオナはそんなことを考えながら、キッドが走り出した方とは真逆に向かって歩き出した。
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二人の出逢いは2つ前の島でのことだ。酒場で働いていたイオナにキッドが一目惚れ。
しかし海賊嫌いな彼女とこってこての海賊的思考の彼の会話が弾むことはなく、口説くような雰囲気には至らず…。
2、3日店に通い詰めた結果、我慢しきれなくなったキッドは彼女を無理矢理に船に引き入れた挙げ句、そのまま出航してしまった。
キッドたちに誘拐されたことに気がついたイオナは、懸命に抵抗。部屋にあったものの大半を破壊し、「おもちゃにされるくらいなら死んでやる!」と大騒ぎ。
止めに入った覆面の男(のちにそれがキッドの腹心であるキラーだと知る)に手足を縛られ、口にタオルを押し込まれ、ベッドの上に転がされても必死に抗おうとした。
そこへ慌てふためいて姿を見せたのがキッドだった。
「一体何事だ!」と声を荒げる彼の服装は、黄色い星のたくさんちりばめられた水色のパジャマ姿。ご丁寧に、同じデザインの帽子まで被っている。
その状況に不釣り合いすぎる彼の格好に毒気を抜かれそうになるが、それでもイオナはキッドを睨み付けた。
「てめぇ、なんてことを…。」
部屋を荒らしたことを怒っているのだろう。このまま乱暴されるのだろう。それでも…「絶対に屈するものか」と構えるイオナにドカドカと歩み寄ったキッドは、彼女の口から乱暴にタオルを引き抜いた。
そして心底心配そうな表情を浮かべて言ったのだ。
「大丈夫か?」と。
「は?」
「痛かったろ。すまねぇな。乱暴な野郎ばっかりで、気が効かねぇんだ。うちの奴等は…」
一体この男は何を言ってるんだと眉を潜めるイオナをよそに、キッドはいそいそと彼女を拘束していた縄をほどく。そして、その手足に滲んだ血を見て彼は更に慌てふためいた。
「血が出てるじゃねぇか。キラー、てめぇ…」
「その女が暴れるからだ。」
「その女だぁ?誰に向かって…」
キッドは、覆面男に向かって牙を向く。おいおいそっちにキレるんかい。イオナはポカンと両者を交互に見ていた。
その日から少しずつ海賊に対するイメージ、というより、キッドに対するイメージが変わってくる。最悪の世代の中でも、凶悪だと言われている男とは思えないほど彼は優しい。
触らないでと言えば本当に触れてこようとはしないし、出された料理を食べたくないと言えば、別のメニューを自ら運んでくる。
手首に血糊を塗って、死んだふりをしてみたら、地の鳴るような低い声をワンワンとあげて泣く始末。
最初こそ嫌な奴だと思ったが、日を追うごとに情が芽生えてくる。
おにぎりを食べたいと言ったそのすぐあと、手のひらを火傷している彼を見たときは腹の底から彼をかわいいと思ってしまったほどだ。
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そして今日もまたイオナはキッドをからかう。
いや、半分は本気だった。
奪えばなんでも手に入る海賊の男が、一人の女にそこまでこだわる必要はあるのだろうか。めんどくさいことになれば、とっとと放り出されるかもしれない。
そうなった時、自分がもし…
そこまで考えたところで、イオナは首をブンブンと左右に振った。さきほどからキッドに持たされている電伝虫がプルプルとうるさいが、ムリヤリ聞こえないふりをする。
ふとした瞬間に思い出されるのは、連れ去られる前の生活ではなく、キッドとの出来事ばかり。笑ったり、怒ったり、どやしたり。その都度、あたふたするキッドがおかしくて、可愛くて仕方ない。
「海賊のくせに…」
まるで自分に言い聞かせるように彼女は小さく呟いた。
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キッドから離れて半日が過ぎた。
鳴り続けていた電伝虫が昼食を済ました頃から急にプルプルと言わなくなったのは、きっと彼が『諦めた』からだろう。
イオナはそう判断し、初老の店員が男が一人で営業している古びたカフェでひとり物思いに耽っていた。
もともとこうなることを望んでいたはずだ。明日にでも港に向かい、商人の船に乗せてもらえばいい。そうして故郷に戻って…
(戻って何をするんだろう。)
最初こそ故郷に帰りたいと考えていたものの、船で暮らしているうちに故郷のことなど思い出しもしなくなっていた。
その理由はあまりにバタバタしていて落ち着く暇がなかったというのもあるが、なにより大きいのはキッドの常識から逸脱した言動の数々に飽きなかったからだろう。
普通の人からすれば嫌になりそうな彼の起伏の荒さも、退屈が苦手なイオナにとってはちょうど良く、キラーの放つ殺気には最後まで馴れなかったが、それでも決して嫌な生活ではなかった。
これで最後。
そう考えると不思議と切ない気持ちが大きくなる。
彼を好きになっていたのだろうか。
いや、そんな訳がない。
ただ彼みたいなタイプの男と性格の相性がいいだけだ。
好意を否定をしておきながら、彼のことを考えるほど離れたくない気持ちが強くなる。
あんな海賊。誘拐犯なんて。そう何度繰り返しても、あの不器用な優しさが頭から離れない。
気を紛れさせようと、この店にくる前に購入した小説のページをめくってみる。どんなに読み進めても文字の羅列は頭には入ってこなかった。
そんな中、静かな店内にと突然「プルプルプル」の声が響く。
イオナは慌ててポケットに手を突っ込んだ。しかし、それの口元が動いている様子はない。ふと顔を上げると、店主がこちらに向かって小さくお辞儀する。彼の手には電伝虫が握られていた。
捨てられた。
一方的に彼から逃げておきながら、放置されていることに酷くショックを受けてしまう。こんな自分勝手が許されるとは思わないが、それでもキッドに対する感情は噴き出し続けた。
………………………………………………
時間はわずかに遡る。
イオナが優雅に昼食を済ましていた頃、キッドはその町の町長の家にいた。この広い町の中を縦横無尽に駆け回ったところで、イオナがほっつき歩いていれば捕まえることはさらに難しくなるとやっと気がついた彼は、思い付いたが吉日とすぐに町長を訊ねて脅した。
この町の全土に行き渡るように連絡をしろ。と。
スピーカーを利用しようとした町長を殴り付け、「イオナにバレねぇようにしろよ。」と怒鳴る。
町長からすればイオナって誰だよ。状態なのだが、必死なキッドは「イオナを見つけ次第連絡するようにと言え!」と怒鳴って聞かない。
仕方なく電話連絡網を駆使して、すべての商店に連絡をとった町長。その成果が出るまでの3時間は彼にとって地獄だったに違いない。
服装や髪型の特長からイオナらしき人物が町の西の方に居ることを知ったキッドは、自分の電伝虫の番号を町長に教え西に向かって走り出した。
そして、萎びたカフェで彼女が読書をしているらしいと情報を耳にした彼は──
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バリンッ。
その音は唐突だった。飛んできたガラスの破片で手の甲を切ったイオナは、眉を潜める。そして窓の方へと目を向け、フリーズした。
なにせそこには割れた窓に腕を突っ込んでブイサインを取るキッドがいたのだから。
「やっと見つけたぜ、イオナ。」
「なんでわざわざ窓を割ったの?」
「この方が俺らしいだろ。」
そうかもしれないけど…。イオナはチラリと店主をうかがい見るが、彼は目を真ん丸くして唖然としていた。まぁ当然の反応だ。
再びキッドに視線を戻すと、彼はドヤ顔で言う。
「俺の愛のでかさを思い知ったか?」と。
普通なら「なんてことを。」とドヤして、「最低だ」と切り捨てるべきなのかもしれない。「力任せでなんでも解決してしまうな」と叱るべきところなのだろうが、迎えに来てくれたことが嬉しくて仕方なかった。
「俺はお前の出した条件をクリアしたんだ。キッチリ俺の愛を受け入れろよ。」
窓に腕を突っ込んで言うようなことではない。血を流しながら言うような台詞ではない。ただその有無を言わせぬ彼の迫力と、バカさ加減は、イオナを静かに頷かせた。
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