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嫉妬心

幼馴染みと恋愛なんて出来ない。

そう思う原因はきっと、相手を異性としてみられないから。近い存在過ぎて、友達としての距離と時間を重視してしまうから。

ならば、最初から『好きな人』だった場合。
初めて見た瞬間から相手を異性として意識し、その想いをずっと心に秘めていたとしたら…?
…………………………………………………………………

課題を写させてくれ。

そんなLINEが届いたのはほんの10分前。
それでもイオナは、すでに終わらせていた課題を手にゾロの部屋へと到着していた。

隣り合ったお互いの家。
幼稚園から同じ紋章の入った制服を身に付け、同じルートを歩んできた二人。

付かず離れずどころか、『付いて離れない』状態であり続けた結果、未だ、互いに恋人はいない。

それでも、浮わついた話がない訳ではなく。

「ねぇ、ねぇ。ゾロ。こっちとこっち、どっちが可愛いと思う?」

イオナはスマホの画面をスワイプしながらゾロに訊ねる。彼はチラリと画面をうかがってすぐ、課題へと視線を戻した。

「別に。どっちもイオナなら似合うだろ。」

「ん。ありがと。って、そうじゃなくて!」

めったに口にしないタイプの褒め言葉。それが、適当に聞き流しているが故に出た台詞であると気がついたタイミングで、イオナは身を乗り出した。

「もし、もしだよ?ゾロが女の子をデートに誘ったとして…。その娘が着てくるとしたら、どっちがキュンとくるのかなって。」

「あ?」

課題にばかり向けられていたゾロの意識が、やっと自分に向けられた。イオナは心の中でガッツボーズしかけたのだが。

期待していた回答がもらえると思ったのは一瞬で、ゾロの表情をみた瞬間に地雷を踏んでしまったことに気がついた。

ヤバい。なんとなくヤバい。

幼馴染みの怪訝な表情に、それまで緩みきっていたイオナの表情筋が強張る。

「デートってなんだよ。」

「いや、もしもの話っ。ほら。なんていうのかな。その、例えばの話だよ…?」

「………。」

「違う。そうじゃなくて。」

もとより厳つい顔なのだ。無言になられると更にプレッシャーを感じてしまう。

まさか、デートという単語が地雷になるとは思っていなかった。せいぜい「お前とデートなんて、とんだ物好きもいるもんだな。」と鼻で笑われる程度だろうと…。

予想外の不機嫌にイオナはたじろぐ。けれどそれで好転してくれるわけもなく、悪戯がバレたときによくやるように、軽い上目使いでニマッと笑って見せた。

けれど、ゾロはその険しい表情を緩めようとはしない。それどころが、イオナの頬を左手の人差し指と親指でガシッと掴んで低く呻く。

「誰とデートだって?」と。

「だへって、べちゅに…」

「俺に言えねぇようなヤツと逢うのかよ。」

「しょうじゃなひ。ひょうじゃなひゅって… 。」

「誤魔化すなよ?」

ほっぺを潰されたままイオナは口ごもる。洞察力の優れたゾロを相手に、誤魔化しは通用しないことを誰よりも理解していた。

鋭い眼力に有無を言わせぬ威圧感。

口角をわずかに持ち上げていることから『若干』笑っているようにもみえるが、それが本気の苛立ちを意味していることをイオナは知っている。こめかみの痙攣がなによりの証拠だろう。

「ごめんなひゃい…」

謝罪を口にしたためか、頬が離された。けれど「これでひと安心。」と言えるほど彼との付き合いは浅くない。

「誰と、いつ、どこで逢うんだよ。」

「トラファルガーさんと、3日後、いけふくろうで待ち合わせ…」

途端にゾロはその表情を更に険しくする。

それもそうだろう。相手はプレイボーイとして名前の知れた男だ。いろいろな悪い噂が絶えず、修羅場製造マシーンと揶揄されることもある。

それでも彼がモテるのはその端正な顔立ちと、その年齢に伴わないミステリアスな雰囲気のおかげ。

豊富な知識を持ち合わせた博学な一面は、幾多の修羅場を経験してきた彼にしか出せない『薄暗さ』とのギャップで更に強く露見している。

危険だとわかっていても触れたくなる。
わかっているからこそ、あえて近づきたくなる。
いけないと頭で理解しつつも覗き見たくなる。

そんな危ない彼の雰囲気に翻弄され、弄ばれる者は少なくなく、イオナもまた好奇心から彼の誘いを受け入れたのだが。

どうにもゾロにはその『言い訳』は通用しないらしかった。今にも怒りを爆発させてしまいそうなゾロを前に、イオナは戸惑う。

「─なんのために。」

「映画でも観ようかって。」

「二人きりでか?」

「うん。」

ゾロの口ぶりから、抑えきれぬ憤怒と、底知れぬ不満が伝わってきた。

妹を心配するお兄ちゃんの感覚なのかもしれない。

短く返事をしながら、イオナはそんなことを思う。

近くに居すぎた結果、境界線みたいなものを忘れてしまって、互いにプライバシーに踏み込みがちになってしまう。それが良いことなのか、悪いことなのかはわからないけれど、『余計なお世話』が存在することも確かだ。

あまりの重圧にあれこれ口を割ってしまったが、本来ならば言わなくてもいいはずのこと。イオナはムッとした視線をゾロへと向ける。

「それ聞いて、どうすんの?」

「邪魔する。」

「は?」

「邪魔してやるつってんだよ!」

ゾロが勢いに任せてドンッとテーブルを打つ。天板が叩き割られたかと思うほどの衝撃に、おもわず身をすくめるが負けてはいられない。

「私が誰とデートしようが、ゾロには関係ないでしょ?なんで邪魔するとか言えるの!?」

「関係ないとかよく言えるな!」

「幼馴染みにそんな権限あるわけないじゃないっ。」

「はぁ?」

売り言葉に買い言葉。イオナの反撃にゾロは更に表情を険しくし、その威圧感は強くなる。

本人にそうするつもりはなくても、イオナからすれば重圧によって抑え込もうとしているように取れた。

「ゾロだってマネージャーとデートしてたじゃん。」

「あれは相談事があるって…」

「相談乗るためにおしゃれなカフェに行くんだっ。私が行きたいなって言った店に行くんだっ。」

「イオナが行きたがってたなんて知るかよ!」

「言ったもん。行ってみたいって言った。どうせ私の話なんて聞き流してるんだ!よその娘の相談事はちゃんと聞いてあげるのに!デートだってするのに!」

支離滅裂。自分でも何を言いたいのかわからなくなってくる。マネージャーの話が出たところで一瞬勢いを失ったゾロだったが、捲し立てるイオナの口調に煽られる形でその勢いを取り戻す。

「だからあれはデートじゃねぇよ。ただ飯食ってただけでなんでそんな根に持ってんだよ。」

「私だって、ただ映画観るだけだもんっ。ご飯くらいは食べるかもしれないけど──」

「お前がそのつもりでも、あっちは何考えてるかわかんねぇだろ!!!」

「…っ!」

唾を飛ばし合うような勢いで行われた言葉の応酬。

それは被せるように放たれた、これまで聞いたどれよりも大きなゾロの怒声により、幕を閉じる。

「…そうやって勘ぐってればいいじゃない。」

なにがどうして悔しくて、なにがこんなに腹立たしいのか。沸き上がる感情を抑えきれず、イオナは歯噛みする。

このままこうして罵りあったとしても、この胸の内を蠢くモヤモヤが解消されるとは思えなかった。

「もう帰るっ。」

「イオナっ。」

何故か溢れてきそうになった涙をこらえ、立ち上がる。呼び止めるゾロの声を無視してドアへと向かう。

「だから待てよ。」

が、腕を掴まれ引き寄せられる。ゾロは立ち上がってすらいなかった。

「放っといて。」

「放っとけるならそうしてる。」

「だからなんでっ!」

感情の昂りは冷静さを失わせる。向き合わなくてはならない気持ちの存在を忘れさせてしまう。

イオナは鋭くゾロを睨み付けた。
けれど、彼はそれ以上に鋭くイオナを見据えていた。

数秒の沈黙。
二人の間に気まずい空気が流れる。

あまりのいたたまれなさに、掴まれた手を振り払おうとしたイオナだったのだが。

そこで、ゾロの表情からフッと怒りの色が引いた。

「俺にしとけ。」

「え?」

「あいつだけはやめとけ。映画なら俺が連れてってやる。食いたいもんも食わしてやるから…」

ゾロの意図は汲み取れない。ただその神妙な面持ちから、それが言葉通りに受け取れる単純な話ではないことは理解できた。

予想外の言葉に感情の昂りは褪せ、それ以上の混沌に襲われる。イオナはおもわず息を飲んだ。

「よそ見すんなよ。」

「……。」

「俺だけ見とけばいいだろ。」

なにを言っているんだろう。そう考えながらも、頭のどこかではその言葉の意味を受け止めていた。

それでもそれが確信まで向かわないのは、幼馴染みという関係性が恋愛と友愛の境界線をうやむやにしていたから。

異性としての恋慕なのか、友人としての好意なのか。曖昧だった境界線。

向き合わなくてはならない感情に、イオナは強く動揺する。

「それって、どういう意味…」

「コクってんだろ。悟れよ。」

「………っ。」

間髪入れずに返ってきた返答を頭で理解する前に、目の奥にどっと熱いものが込み上げてきた。

振りほどこうとして、結局そのままだった腕を引き寄せられる。イオナはされるがままに床に膝をついた。

ポンポンと頭に触れる手の感触が温かく懐かしい。
こんな風にされたのはいつぶりだろう。

そう思うと更に熱いものが込み上げた。

「泣くな。つか、そんな嫌だったか?」

いつもと変わらない呆れたような口調。フラれない確信でもあるような物言いに、少しだけ腹が立つ。けれど、その自信を否定する必要はない。

「泣いてないし…、嫌じゃない。」

込み上げてくる照れ臭さが隠しきれず、素直になりきれないもどかしさに顔をしかめる。それでも緊張で声は震えた。

幼馴染みに対して初めて覚えたときめきが、他の誰かに対する恋慕の感情を、あっさりと打ち消してしまった。

そして、それ以上の強い想いに気づかされた。

それでも当然ながら、可愛いげのある台詞は思い浮かばない。

イオナはグイグイと手の甲で涙を拭いながら、唯一の条件を伝える。

「浮気したら絶交だから。」と。

「なんだそれ」と笑うゾロの頬に、ほんのりと赤みが差す。いつも以上に緩んだ口元を隠したいのか、彼は誤魔化すように視線を伏せた。

今までみたことのない、幼馴染みのはにかんだ笑み。

それを目の当たりにしたとき、なんとも言えない充足感がイオナの胸を満たした。

END





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