文化祭まであと少し | ナノ

プロローグW

昼休み。

それは唐突に訪れた。

「あぁー。てめぇだろ!イオナを辞めれねぇようにしてるクソ1年ってのはぁあああ!」

食堂にて焼きそばパンにかぶりついたゾロに向かって、浴びせかけられたのはただならぬ怒声。

口に含んだものをもぐもぐと咀嚼しながら彼は顔をあげ、すごい剣幕で自分に歩み寄るやけに唇の赤い女子生徒へと視線を向ける。

が、すぐに視界からその姿は消えた。

「なんて麗しきレディ。」

視界を遮ったのは確認するまでもなく、通常営業でくさい台詞を放つサンジ。

(あぁ、コイツはほんと…)

先程の罵声は自分に向けて浴びせられたものだとわかっていたが、ゾロはなんのためらいもなく、もう一口焼きそばパンを口に含む。

もぐもぐもぐもぐ…

サンジがマジックのようなしぐさで服の袖からパッとバラの花を取り出し、その荒々しい女に差し出したのが気配でわかる。

そして、バコンッという激しい物音とともに吹き飛んだのもしっかり理解した。

(あぁ、めんどくせぇ。)

イオナにこういった質の友人がいることは知っていたが、まさか特攻を仕掛けてくるとは。

最後の一口をごくりと飲み込み顔をあげた彼は、サンジが立っていたはずの場所に仁王立つピンク色の髪の女へと目を向けた。

「飯食ってねぇで、イオナをとっとと解放しやがれ!」

「解放って、あのなあ…。」

通りすぎる生徒たちの冷たい視線。

まるで拉致でもしているかのような言い種に、ゾロは呆れた声を漏らす。

この手の女は、基本的になにを言っても話が通じない。いろいろな経験からそれを知っていただけに、彼は対応に困る。

しかしまぁ、彼女は絵に描いたような凄まじい剣幕で詰め寄ってくるではないか。

「2年からは部に入る必要はねぇんだよ。イオナは退部して、帰宅部になりゃいいんだよっ。なんか文句あんのか?」

(近い。近ぇよ。顔が…)

あまりの至近距離に耐えられなくなりゾロは視線をわずかに伏せたのだが、それがまた彼自身の首を絞めた。

ドンと椅子に足をあげるのはいい。それだけならいいのだが、スカートが…。スカートが…。

晒け出された真っ白な太ももとその付け根に見える黒い下着から、顔を背けるゾロ。

さも迷惑そうに、さも恥ずかしそうに。

見せる側ではなく、見せられる側が辱しめを受ける羞恥プレイが校内で行われているこの状況。エロおやじなら喜ぶところだろうが、健全男子のゾロにとってそれは『危険』以外のなにものでもなかった。

そうして、助け船を待つゾロの元に現れるのは、もちろん彼女。

パタパタと駆け寄ってきながらイオナは言う。

「こら!ボニー!パンツはみせちゃだめだよ。ゴメンね、ゾロくん。」

どうにもボニーの背中しか見えていないイオナからは、足を広げてスカートの中身を晒しているようにしか見えなかったらしい。

「はぁ?パンツ?てめぇ、うちのパンツみたのか!?なら金払え!」

(荒手の恐喝か!?美人局か?ありえん、あり得ねぇよ!!!)

胸ぐらを掴まれたゾロは、グラングランされながら思う。

脳みそが揺らされるのは耐えられるが、女子相手にこうされている自分ってどーなんだと頭を抱えたくなる状況だ。

「ボニー、ゾロくんから手ぇ離しなよ。じゃれてるにしては、やり過ぎだよ。」

状況に似合わない声をあげながら、イオナが止めに入る。どう見たって、誰がみたってじゃれているようには見えないだろうに…。

彼女の頭の中にはなにもかもが穏和な世界にみえるようにできたフィルターとか、変換装置とかが組み込まれているのではないかと以前からゾロは疑っていた。

そしてこの一件でまた、その疑いに確信を強める。

「ごめんね、ゾロくん。今度ジュース奢るから許してくれるかな?」

「は?なんでイオナが奢るんだよ。パンツみせてやったんだから、うちがコイツに…」

「もうっ。ゾロくんは見たいなんて言って…ひゃあっ!」

頬を膨らせながら友人を説教していたはずのイオナが、唐突にちょっとエッチな声をあげながら飛び上がり、お尻をパチリと押さえる。

「尻触られたくれぇで、エロい声あげてんじゃねぇよ。イオナ。」

そして彼女の背後からこちらを覗くのは、いかもに厳つい顔の不良…。

絡まれたか!?

無意識ながらに気を張り詰めたゾロをよそに、イオナはちょっとだけ頬を赤らめて背後に立つその男に声をかけた。

「も、もう。やっぱりキッド先輩だった!電車の中とか街中でやったら捕まっちゃいますよ?」

ぷくっと頬を膨らます表情はかわいい。かわいいけど、おいおい、待てよ。

(尻さわられて、その対応かよ!?)

もっとガードの硬い女だと思っていただけに、ゾロは突っ込み所を間違える。

「ゲイのくせに女の尻触るとか、お前どんだけヤリチンなんだよ。」

「ゲイじゃねぇっつてんだろ。」

(ゲイ?なんだ?ゲイってなんだ?)

「ゲイで思い出したけど、今日はキラーくん居ないんだね!」

「ゲイでキラーを連想してんじゃねぇよ、アホ女!」

テンポのいい会話。突っ込み上級者っぽいキッドという男は、イオナの頭をポカリと叩く。

そこまでの強さではないが、彼女は反射的に首を引っ込めた。そのまま頭を押さえて、てへへと笑うイオナの尻に再び男の手が伸び──。

「やらせねぇぞ、クソ野郎。」

ゾロの手が出る寸前で、ボロボロのサンジが止めに入った。

イオナはそのやりとりで自身のお尻が狙われていることに気がついたらしい。頭に乗せていた手でスカートの後ろを押さえてまたしても「てへへ。」と笑っている。

(笑い事じゃねぇだろ。)

こういう時はちゃんと怒るべきだと思う。

いつかそういったことにまで踏み込める時がきたら、ちゃんと言い聞かせよう。

そんな日がくるかどうかはわからないが、今のゾロからすればそう思うだけで精一杯だった。

「汚ぇ手で触んじゃねぇよ。」

「どっちかと言えばなぁ、ユースタス。おめぇの手のが汚ねぇと思うぞ。」

「ボニー、てめぇは黙ってろ。」

ペシッとサンジの手を払ったキッドは腕を組み、ふて腐れた顔でふぃとそっぽを向き、サンジはデヘデヘと鼻息荒めにイオナを見つめている。

「サンジくん鼻息荒いけど…。っていうか怪我してる?」

「俺は大丈夫さ、それよりイオナさん。今晩、俺とデートでも。」

(…!?)

「いっつも言ってるでしょ?さん付けはやめてよぅ。なんか偉ぶってるみたいでヤなんだよねぇ。」

唐突すぎるサンジの抜け駆けに一瞬で冷や汗を吹き出したゾロだったが、イオナのスルースキルにホッと胸をなで下ろした。

バタバタと落ち着きのないやりとりが静まったとこほで、思い出したようにイオナの視線がゾロへと向けられる。

「そーだ。ゾロくん、ボニーがごめんね。私は、部活嫌じゃないんだよ。」

にこやかな笑顔で彼女は言う。小首を傾げてそう言われてしまえば、あの女の無礼なんてあっという間に忘れてしまう。

「お、おう…。」

会話を弾ませるチャンスだったというのに、この笑顔を前にすると言葉がでない。

短く答えて視線を伏せたゾロの頬は赤く染まっていたのだが、彼女が気がついていたのかどうかはわからなかった。

「それにね、どうせ、エースの部が終わるまで待ってなきゃいけないんだよ。」

そして、彼女に意気揚々と続けられた言葉にゾロの表情は曇る。ナイフで臓器をえぐられるような、ゾクリとした痛みが神経を伝う。

昨日の今日でこれを言われれば、『きっと二人は…』と疑ってしまっても仕方ない。

「あ?」

思わず嫌な感じの声が漏れる。イオナは楽しそうにクスクスと笑いながら「エースってば…」と言葉を続けようとしたのだけど。

「ねえ、イオナ。あっこでトラファルガーが見てるけど。」

ボニーの言葉に遮られた。

イオナの視線は彼女の指差した方へと向かい、そしてまたゾロへと戻る。

「あぁー、ほんとだ。ごめんね、ゾロくん。部活の時に話そうね!」

(部活の時って…、待て。俺らの会話って業務連絡しか…)

言いたい、言いたかったのだが。

イオナはバイバイと顔の横で手を振って立ち去ってしまった。

この場に残されたのは、何やら罵り合っているボニーとキッド。そして、立ち去るイオナの後ろ姿に手を振るサンジと…。

せっかくのチャンスに、まともな会話すら成り立たせなかった情けない自分だけ。

(俺、まじで意気地無しだな。)

胸中でぼやき、視線を泳がせたゾロの目にたまたま映り込んだのは、覆面をつけたガタいのいい男子生徒だった。

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