目覚めシャワーがタイルを弾く音。
家族以外の誰かと、同じ部屋で朝を迎えたのはいつぶりだろうか。
イオナはシーツの裾をギュッと握り、羞恥に耐える。思った以上に酒は身体に残っておらず、頭は軽い。その分、昨夜の記憶も鮮明だった。
(やっちゃった。ほんとに、私…。)
こうなってしまったことを嫌だとは思わない。ただ、思っていた以上にハードルが低かったことに驚いている自分がいて、経験してきた以上に"イイモノ"であったと"思ってしまっている"ことに赤面しているだけだ。
自信のない身体をみられたことも、甘い言葉にほだされたことも、遠慮も自制もなく求めてしまったことも、温もりに安穏としてしまったことも。
らしくない行動の全てを失恋のせいにするつもりはない。なにもかも、自身の不甲斐なさのせいだ。
それでありながら、後悔すらしていないのだからどうかしてしまったのかもしれない。
まだゾロとは会話していない。
目が覚めた時にはすでに彼は浴室にいた。
扉が開けっ放しなのか、それとも最初からそういった作りなのか。激しいシャワーの音が部屋中に響き、居たたまれなさを刺激する。
戻ってきた時のことを考えると、心臓がバクバクしてきた。どんな顔をしたらいいんだろう。なんて声をかければいいんだろう。
いっそ全てを覚えていないふりをして誤魔化そうか。
それとも──。
キュッと蛇口を捻る音。ペタペタと濡れたタイルを踏みしめる音がして、息を呑む。バサバサいっているのはタオルの音のようだ。
一歩、一歩と足音が近づいてくる。
昨夜みたはずの部屋の構造を思い出そうとするけれど、照明が薄暗かったのも手伝って、思い出せそうにない。
イオナは意を決して身体を起こした。
「起きたのか?」
「う、うん…」
スーツを着ている時よりもずっと引き締まった、筋肉質な身体がそこにあった。
重要な部分は腰に巻かれたタオルで隠されているけれど、そこがみえなかったとしても十分な露出度であることは変わりない。
数時間前に重ねた体温を思い出し、身体が疼く。耳元で聞いた掠れた声も、肌をなぞる指先の感触も、息苦しくなるような圧迫感も。
全てが夢じゃなかった。
イオナはゾロの顔をみる前に視線を俯けた。自分の頬がすでに紅潮しきっていることは頬に感じる熱でわかるし、目を合わせたところでどんな顔をすればいいのかわからない。
「おはよう…。」
「おう。身体ァ、大丈夫か?」
「うん。」
「頭は?」
「痛くない。重くもない。」
「…………。」
もとより、ゾロは口数の多いタイプじゃない。昨夜、ベッドの上ではいろいろ言っていたけれど、普段の会話は単調なものが多かった。
そんな相手に助け船を求めたところで意味がない。なにより、同じ舟に乗った相手に何を求めているというのだろう。
お腹に力を込めると腹筋がミシリと痛んだ。
どうにも筋肉痛らしい。
なるべく腹筋に力をこめないよう、慎重に深呼吸。
何を言おう。何を伝えよう。
どうしたら『正解』なんだろう。
「悪かった。」
「え?」
「酔ってる時に言ってることなんて真に受けて、いろいろ…、その、すげぇ、悪かった…。」
言葉を探しているうちに先手を打たれた。けれど、それ以上に謝られたことに衝撃を受ける。
謝られるくらいなら、堂々としていられる方がマシだ。悪びれた様子もなく「だから?」と言われた方が、まだ心が軽かった。
「それって…、後悔してるってこと?」
「……そりゃ、するだろ。」
気まずそうなゾロの声に、胸がギュッと絞られる。「あんな風に抱いておいて」なんてことを言えた義理でないことはわかっている。
けれど、頭でそうわかっていたとしても、心がそれを受け入れてくれない。
「だったら、しなきゃよかったじゃない!」
「は?」
「酔っぱらいなんてほっとけばよかったでしょ?どうして、どうして…」
そこまで言葉にして気がついてしまう。自分が、ゾロとこうなれたことを純粋に嬉しいと思ってしまっていることに。
「そっちだって、後悔してんだろ。」
「してない…」
「は?」
怪訝な顔をするゾロに鋭い視線をぶつける。本物の感情をぶつける、真剣な喧嘩なんてしたことがない。彼は訳がわからないといった顔をしていた。
「好きって言ったじゃん!俺にしとけって!別に、あんなのベッドの上の常套句だって言ってくれたらよかった。許せた。でも、謝るって、そんなの…」
涙が溢れてくる。昨日の昨日まで、他の人を好きだと言っていた自分を棚にあげ、後輩を罵る自分の惨めさ。
少しでも歳上の威厳をみせたいものだけど、こんな状況で年相応にいられるほど精神年齢は大人じゃない。
「覚えてんのかよ。」
「なにが…」
「全部、覚えてねェと思って…俺は。」
口ごもるゾロの真意が読めない。
ただただ不安だった。
失ってしまうような気がして、見捨てられてしまうような気がして、尊厳が傷つくより、今を握りしめていたくて──
否応なしに焦燥感に背中を押され、イオナは口を開く。
「もう一回、抱いてよ。」と。
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