triangle | ナノ

好意の確認

数日後。

シャンクスがゾロを連れて営業に向かったために、イオナの仕事は順調だった。まとめなくてはならなかった資料を早急に仕上げた彼女は、休憩室へと向かう。

ゾロが入社してくる前までは、大きな作業に区切りがつくと、そのご褒美と称して自販機のミルクティを口にするのが習慣だった。

久しぶり飲めるご褒美に胸を踊らせるイオナ。

そんな彼女を追いかけるように休憩室にやってきたエースは、「一緒にいいか?」と相席を求めた。

二人はそれぞれ、ミルクティとブラックコーヒーを手に会話を始める。

仕事の話。プライベートな話。会社の噂話。

しばらく雑談を交わしたのちに、唐突にエースが切り出した。

「で、イオナはシャンクスさんのことどう思ってるんだよ。」と。

なんの脈絡もなく放たれた問いかけに、イオナは口に含んだばかりのミルクティを吹き出しそうになる。

「きゅ、急になにを…」

「好きなんだろ?」

「…………。」

沈黙は肯定だ。エースは赤面して俯く後輩に温かな視線を向ける。

「そんなに恥ずかしがらなくても、惚れた腫れたなんて今さらじゃねぇか。」

「今さらって…」

「周りはみんな気づいてるっての。たぶんゾロなんかは、初日に気づいてたと思うぞ?」

「えっ。」

ぎょっとした顔というのは、こういった時に使う表現なのかもしれない。驚いた顔をするイオナを前にエースは呆れた笑みを溢す。

「シャンクスさんは待ってんだと思うぞ。イオナ"ちゃん"からコクられるのを。」

普段はつけない敬称をつけたのは、プレッシャーをかけるためだろう。

いたずらっ子のようなエースの笑顔に、イオナはさらに赤面し、恥ずかしさを誤魔化すようにムッとした表情を作った。

「待つって…。なんで、シャンクスさんが…」

「いい歳したおっさんが、一回り近く年下の女の子に夢中になってるってだけでも痛いのに、フラれたってなったら立ち直れないだろ?」

「そんなの…」

信じられません。イオナはそう言うつもりだったのだが、彼が「ほんとに自分に自信ないんだな。」と呆れた顔をするので口ごもる。

「おい、『私なんか』なんて言うなよ?俺だって、かわいいなくらいは思ってるんだから。」

「──、誰のことをですか?」

「この流れでイオナ以外の誰を褒めるんだよ。」

「………っ!?そんな!!!」

馴れない恋愛話と誉め言葉に、自己嫌悪を忘れて沸騰してしまいそうになるイオナ。 そんな彼女の頬に、何故か同じく顔を赤くしたエースが、ペタリと手のひらを添える。

「大丈夫。イオナは充分にかわいいし、仕事は出来るし、シャンクスさんにお似合いだ。」

「や、やめてください…」

「シャンクスさんじゃ荷が重いってなら、そうだな、うん。俺が貰ってやる。その代わり、専業主婦に、なってほしい訳だが。」

「も、もう!エースさんってば…っ!!こらっ!」

はにかみながらも紡がれる、プロポーズを思わせる台詞。その表情が妙にリアルで、イオナは動揺してしまう。

そこをさらにエースがつっついた。

「俺が控えてるんだ。シャンクスさんにフラれたって怖くないだろ?」と。

「フラれるなんて…、言わないでください…。」

普段よりずっと饒舌な先輩に翻弄されている。

からかわれているだけかもしれないけれど、嫌な気持ちになるようなものではない。全身の火照りを誤魔化しきれず、イオナはなにも言えなくなってしまう。

「まぁ、シャンクスさんもイオナに負けず劣らずウブだからな。大変だとは思うけど、でも、まぁ、あの人なら大丈夫だろ。」

けしかけるようなことを言っておきながら、最後は無責任に自己完結してしまうエース。その含みのある独特な言い方に、若干の不安を煽られるが──。

ただ、今のイオナには「なにが大丈夫なの?」と食い下がる余裕はなかった。

…………………………………………………………………

エースに触れられた箇所が熱い。赤面したままでらオフィスに戻ることが出来ず、イオナは女子トイレに身を潜める。

どうして自分は誰から触れられても鼓動を早くしてしまうのか。

情けなく思う反面、仕方ないとも思う。
なにせ誰も彼もスペックが高すぎる。

ゾロについては完全に遊び人で慣れているし、イオナよりずっと年上のシャンクスには余裕がある。それに対して、恋愛慣れを感じさせないエースのストレートすぎる台詞は、二人よりもずっとインパクトがあった。

タイプの違う3つの存在。
それぞれに別々の手段で心を揺さぶられて、感情の落ち着く先を見つけられないでいる。

「可愛いって、そんな…」

イオナは自分の頬に手を添えてみた。エースの湿っぽい手のひらの感触が、まだじんわりとそこに残っていて照れ臭い。

(きっとエースさんも緊張してたんだよね…。)

手汗でよれたファンデーション。ふるふると小刻みに震える指先を思い出し、イオナは表情を暗くする。

(背中を押したかったんだと思うけど…)

ときめいてしまった。
俺が貰ってやるよというその台詞に。

イオナは他の女とイチャつくゾロをみて嫉妬した自分の感情について、あの日からずっと考えていた。

好きでもない相手に嫉妬などするものなのだろうかと。

そこにきて、新たな感情の動き。
しかもそれは、ネガティブな揺らぎではなく、プラスに働く熱のある感情。

これでは、そこにさらに悩みを追加されてしまったようなものだ。

(なんで…)

自分はシャンクスさんを好きだったんじゃないのか。

それなのに、なんで─。

嫉妬も、ときめきも、『一過性のものである』と割りきってしまえば楽なのに、不器用なイオナはそうすることができない。

"三人の間で揺れる私"に酔うこともなく、ただ単純に不安に思う。

誰でもいいから恋をしたいだけなのではないか。自分を見てくれる相手なら誰でもいいと思っているのではないか。と…



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