嫉妬の裏側イオナに軽蔑された。
そう思っていたゾロにとって、彼女の行動一つ一つが不自然に見える。
朝一番に、(当然のことではあるが)あれだけの苛立ちを露見させ、怪訝な顔をしていたというのに──
出社した時点で、その態度は穏健なものとなった。普段と変わらないイオナの態度。一度キスを迫って以来の溝は埋まっていないが、物腰や視線は昨日と同じ。
なにをされるかわからないと、警戒しているままに優しい。呆れた顔や苦笑い、時々やるジト目にも彼女特有の物柔らかさがあり心地いい。
だからこそ、ちょっとからかいすぎてしまう。
「なんだそれ。俺んちに上がりたい口実か? 」
イオナの言っていることは十分に理解できている。というより、彼女の言葉の一つ一つを聞き漏らすはずがなかった。
それでもわからないフリをするのは、もっと構っていてほしいと思うから。ちょっと怒らせると、動揺から本音を漏らしてしまうイオナの心を揺さぶりたいから。
案の定、顔を真っ赤にした意中の女に、ゾロはさらに追い討ちをかける。
「さては、今朝のあれも嫉妬なんだろ。」
冗談じゃない。と言いながら、しどろもどろになるイオナ。否定の言葉を口にしながらも、否定しきれていない。その素直すぎる振る舞いは、抱き締めてしまいたくなるほどに可愛い。
もっと自分を見てほしい。
それが子供っぽい主張であることはバカでもわかる。だからこそ、ゾロはイオナの足を引っ張ることでなんとか気を引こうとしていた。
下の子が生まれた時の幼児が、イタズラをして母を困らせるように。ゾロもまた、イオナを困らせる。
幼少期が散々だった複雑な家庭環境のせいなのか、それともゾロがただめんどくさい人間なのか。
それは誰にもわからないが、ゾロはイオナに優しさと癒しを求める。
「ふざけないでっ!」といいながらも、その表情はまんざらでもなさげだ。それか思い上がりや過信でないことは、イオナの前髪を直すしぐさを見ればすぐにわかる。
イオナには嘘をついた後に、必ず前髪に触れる癖があった。
嫌われていない。それを確信した時点で、ゾロの気は大きくなる。
うまくいかないことで蓄積されていた鬱憤や不満が、相手にされなくなることに対する不安が。全てが杞憂であるとわかったことでゾロはさらにイオナへの想いを強くする。
けれど─
すっかり忘れていた。
この男がこのオフィス内にまだ残っていたことを。
気配を消してイオナに歩み寄ったシャンクスは、いやらしくない、けれど馴れ馴れしい動作でイオナに触れる。
こういうとき、「イオナを離せ。」と言えたのなら、どれだけ気分がいいだろう。そう言える関係だったらどれだけ安心できるだろう。
けれど、ゾロはそのどちらでもない。そう自覚があるためにグッと奥歯を噛み締める。表情に悔しさを露見させないために、眉間にシワを寄せるフェイクも忘れずに…。
シャンクスはイオナの耳元でなにやら囁いた。
そういった経験の乏しいらしい彼女なら、例え囁かれたのがただの挨拶の言葉だったとしても、フリーズしてしまうだろう。下手すれば、蕩けだしてしまうかもしれない。
イオナの惚けたような表情を目の当たりにて、挑発的なシャンクスの視線を浴びて、ゾロの頭は沸騰しそうなほどに熱くなる。
そんなに惚れてんのなら、とっとと持ってけよ。
イオナという存在を、シャンクスはどうするつもりなのか。あと一歩、手の届かない位置で餌としてぶら下げられているような錯覚に囚われ、ゾロはさらに苦虫を噛む。
どうしてお前は手を出さない。
自分の女にしちまわないんだよ…。
イオナがシャンクスの女になったからといって、彼女を諦められるかと言われれば微妙だ。
けれど今よりはマシな気がしてならない。
中途半端な立場なせいで、しょうもないことで一喜一憂し、些細なことでわずかな期待を抱いてしまうようなこの状況よりは…
ライバルの存在のせいで、余計にその感情を煽られているとも気がつかず、ゾロはただその想いを強くしていく。それが、マイナスで働く可能性があろうとも──。
……………………………………………………………………………
「うちのベッドは、ラブホテルと同じクイーンサイズだぞ。」
なんてタイミングで、なんてことを言うんだ。イオナは耳元でそう囁いたシャンクス
の方をみられない。
今までの話の流れを考えれば、「うちにもおいでよ。」と言っているのと変わらない。いや、ゾロの部屋ではなく、俺の部屋に…と言ったニュアンスにも取れる。
けれど、イオナはそこまで素直に思い上がれるほど、自分に自信を持っていなかった。
(シャンクスさんは言葉遊びの得意な人だから…)
いつまで経っても言い争っていたから、仲裁に入ってくれたたのだろう。仲裁ついでにからかいの言葉を言うのもまた、シャンクス『さん』
らしい。
それにしても──
(やっぱり私、今朝、嫉妬してたのかな…。)
あのイライラの正体は、モヤモヤした感情は嫉妬だったのだろうか。
でも、なんて嫉妬なんて…。
イオナはゾロへと視線を向ける。彼は苦々しい表情で、さまざまな感情の滲む瞳で、一点をただ真っ直ぐに睨み付けていた。
そう、イオナの背後に立つシャンクスの姿を。
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