先輩と後輩ゾロが入社して1ヶ月。
パソコンが全く使えない。
内線以外の電話を取れない。
会社までの道のりが曖昧。
電車を間違い、乗り過ごす。
居眠り、遅刻、迷子…
そして、いまだにネクタイを結べない。
それでも会社を辞めないで済んでいるのは、イオナとその上司たちの苦労の賜物だろう。
「シャンクスさん、すみません。期日、間に合わないかもしれません…」
イオナの申し訳なさそうな顔をみて、シャンクスは心配そうに眉間にシワを寄せる。すでに退社時刻は過ぎており、他の社員は全員帰宅している。
このフロアに残っているのはシャンクス、エース、イオナ、ゾロの四人だけであり、警備員から「早く閉めてください」と再三言われたあとだ。
「おい、ゾロ。イオナを泣かすなよ。」
「俺がなんかやったかよ。」
「作り直したファイルのデータ、全部消したでしょ?今!さっき!全部!!!」
上司に庇われたはずのイオナが、後輩に向かって悲鳴のような声で訴える。普段は大人しい先輩の激昂にバツが悪いと感じたのか、ゾロは不貞腐れた顔で「あぁー。悪かったな。」と呟くだけ。
その段階ですでにエースがデータの作り直しを始めており、シャンクスは「まあまあ」とイオナに珈琲を勧める。
今にも泣き出しそうな顔で珈琲を受け取ったイオナは、それに口をつけることができない。カップが横からひょいっとかっ浚われたからだ。
「ちょっとゾロくん!?」
「いいだろ。一口くれよ。」
「まだ私だって飲んでないのに!」
さっきまで目に涙を溜めていたイオナの顔から、憂いは消える。その代わりに怒りが全面に押し出され、ムスッとした表情に塗り替えられた。
「別にいいだろ。どっちが先だろうが。」
「あのさぁ。」
「お前、初日とキャラ変わりすぎだろ。序盤はもっと可愛かったぞ。」
「それはゾロくんが─」
「おい新人。イオナから飲み物を奪うな。間接キスもなしだ。」
一口飲んだカップを先輩に押し戻そうとしていたゾロに対して、シャンクスはおどけた口調で言う。彼は自分が飲んでいたカップをイオナに手渡し、その代わりにゾロが口をつけたカップを手に取った。
「シャンクスさんの飲みかけなら、結局は間接キスじゃないですかー。」
「うるせぇ、エース。そこは気持ちの問題だろう?」
「それはつまり、シャンクスさんの下心をイオナが受けとればいいってことっすか?」
「お前はほんっとに皮肉屋だな。」
イオナは後輩をキッと睨み付けていたが、その会話に居たたまれなくなったのか顔を伏せる。
大胆な内容をケラケラと笑い飛ばすシャンクスや、パソコンと向き合いながらも坦々とした言葉の応酬を行えるエースの方がおかしいのだろう。
ことの発端のゾロもまた、居心地悪そうにしている。
「エース、あとどれくらいでできる?」
「イオナとシャンクスさんが手伝ってくれるなら、30分くらいっすかね。」
「んじゃ、ただ待ってんのもあれだし、俺と暗い廊下をデートでもするか?」
「へ?」
「冗談だよ。俺は暗いとこ苦手だしな。ほら、手伝うぞ。ちゃっかり、しっかり期日の明日までに終わらすぞ。」
楽しそうに笑う上司と、曖昧な表情を浮かべる先輩。その双方を交互にみた後、ゾロは「いちいち口説くなよ。」とぼやく。
けれどそれが、シャンクスの耳に届くことはなく…。
それぞれのキーボードをカタカタと叩く音をBGMに、居残り残業の夜は更けていった。
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