オフィスの隅の小さな会議ブース。
イオナとシャンクスがそこでコーヒーを飲み始めたのは、今から15分も前だ。
「あの、目印探すのに時間かかりすぎでは…」
笑い話に花を咲かせるシャンクスさんの言葉の間を待って、私は呟いた。大好きな上司の話を聞いていられるのはうれしいことではあるけれど、だからと言って任された新人くんのことが気にならない訳がない。
私の視線を追うようにして、壁掛け時計に目を向けたシャンクスさんは「そーいや、そうだな。」と首を傾げる。腕時計を確認したのは、その仕草が癖だからなのだろう。
「こっちから電話してみるか。」
「だったら私が…」
「いいよ。俺がかけるから休んでろ。」
「でも…」と食い下がろうとする私に、シャンクスさんは「俺の確認不足で外で立たせっぱなしにしちゃったしな」と笑いかけてくる。
上司としての判断なのだろうが、そんな風に優しくされると"勘違い"してしまいそうだ。お願いしますと椅子に座り直すが、照れ臭いやら、申し訳ないやらで非常に居心地は悪かった。
一通り私の頭を掻き回したシャンクスさんは、会議ブースから出るとガラス窓の向こうでスマホを耳に当てる。その後ろ姿がまたかっこよくて、私はうっとり魅入ってしまう。
乱された髪を整えるのを忘れてしまうほど、その手の感触はしっかりと頭に残っていた。
通話の後、窓越しにシャンクスさんが笑いかけてくる。それは安堵の笑顔というより、困り笑いのような表情だ。
私はドアを開いてどうかしましたか?と問いかける。まぁまぁ、と曖昧な表情で呟いたシャンクスさんは、もといた席に戻るとすでに冷めているコーヒーをすすり始める。
なにか問題があったのだろうか?
例えば、会社なんて行くかよ!と新人くんがごね始めたとか、どこかで喧嘩してるとか…。
なんの根拠もなく、新入社員を疑っていた私にシャンクスさんはポツポツと彼の居場所を話し始めた。
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シャンクスさんの話によると、最寄り駅からでは、乗り換えしなくてはいけないほど遠い駅に行き着いているらしい。
とりあえず電車で迎えに行き、戻ってくるついでに、彼の自宅から通勤ルートを確認してくれと言われ、慌てて時刻表や路線図を持った。
「ゆっくりでいいからな。
なんなら飯でも食ってこい。」
「は、はい…」
素敵過ぎるほどの笑顔と、同僚たちの同情の眼差しに見送られ会社を後にした。
その頃。
その場から動くなと言われたゾロは一人、駅のホームで猫とじゃれていた。
「お前は楽でいいよな。」
ミャーミャーと擦り寄ってくるその猫は愛くるしく、なにより自由そうなその様子に羨ましくも思えた。
高校卒業後は一度工場に就職してみたものの、リーダーみたいなのにパンチを食らわせて退社。
それからはガソリンスタンドや、土方なんかでバイトもしてみたけれど長くは続かず。どちらにしろ実家暮らしだからなにかに困ることはなかったのだけど。
そろそろなんとかしなさいよ。と言い出したナミの指示のもと、ルフィの親父さんの会社にコネ入社が決まった。
だというのに…。
「やっちまったなあ。」
時計を見て改めて思う。不本意ではあるものの初日に盛大に遅刻だなんて、怒られるに決まっている。そうなりゃ殴るっちまうに決まってる。
「なあ、代わりに叱られてくれよ。」
「ニャアッ」
「意味わかってねぇだろ、返事すんなよ。」
「ミャー、ニャ〜」
「おい、猫!」
「―…。」
「いま返事しろっての。」
よくわからない猫とのやり取りに励まされながらも、ただその時間を潰し不安を紛らせていた。
そして。
「次の駅か。」
初対面の人間と上手く会話が出来るのか。それが第一関門だったりする。しかも、年下男。どう扱えば良いのだろうか。
2つ下ってどんな感じだろ。
今流行りの草食系とかクリーム系とか?
素直な人なら良いけど…
ごちゃ混ぜの不安の中、着いた駅にはそれらしい人はどこにも居らず、ただ猫とじゃれる緑頭のいかにもアレ系の人だけで。
どっかいっちゃった?
いやいや、まさか。
とりあえず教えてもらった番号に電話してみることにした。
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