朝サンジはイオナに言われた通り、フルーツと蜂蜜をたっぷり乗せたヨーグルトをゾロに差し出した。
当然のことながら彼はそれをみて眉を寄せる。
その表情を確認したところで、サンジはいそいそとキッチンに戻った。その時、イオナから微笑みかけられ、どんな顔をしていいのかわからなかった。
彼女の視線は曖昧に微笑んだサンジから、ひどく嫌そうな顔をしているゾロへと向けられる。
甘いものが嫌いな男が、蜂蜜の歯に染みるような甘みに耐えられるわけがない。完全に嫌がらせのような盛り合わせだ。
それでもゾロからすれば出せといった手前、食べない訳にもいかない。彼は琥珀色の液体のかかっていない部分をスプーンで掬って、恐る恐る口元へと運んだ。
「甘ぇ…」
ゾロがポツリと呟いた途端に、イオナがクスクスと笑い出す。小さく舌打ちされても、彼女はお構いなしだ。
そんなイオナを可愛らしいと思う反面、やはり頭の中では昨夜の声が鮮明に蘇り複雑な感情が込み上げる。サンジはモヤモヤを振り払うため、胸ポケットから煙草の箱を取り出した。
そこでゾロが盛り合わせの皿をイオナの方へとズラす。二人は離れて座っているため、その動きはずいぶんとあからさまだ。
「食べないんですか?」
「あぁ。」
「どうして?」
「わかってんだろ。」
なんともない普通の会話だ。それなのにサンジからみれば、そのところどころで彼女の瞳に熱っぽさが宿っていたように見えた。
「食べさせてくださいよ。」
「ふざけるな。」
ゾロは素っ気なく言い、イオナから顔をそらす。ただ彼の表情に怒りはなく、どちらかといえば困惑しているようだった。
あんな彼の顔は見たことがない。
(なんだか気味が悪いな。)
サンジは胸中でぼやく。
見せつけられている気分だった。
無意識のうちに綿の詰まった小さな筒を唇に挟んだ彼は、その反対側、葉が詰められた方に火をつける。
ゆっくりと肺に流れ込む煙。そのどうしようもない煙たさが、抱えきれない胸のシコリを覆い隠してくれようだった。
このまま誰かが起きてきてくれて、そのまま食事が始められればいつも通りの一日が始められる。
そんなことを考えながらドアへと目を向けたサンジに声をかけるのは、他の誰かではなくイオナだった。
「あの、サンジさん…」
躊躇いがちな呼び掛けに対して、サンジは取って付けたような朗らかな笑みでどうしたの?と訊ねる。
「さすがに二皿も食べられないんで、あっちは取っといて貰えますか?また後で食べますから。」
申し訳なさそうに言うが、それはゾロの分だろう。それがわかっているのに言及できないのは、二人のやりとりをこれ以上見せつけられたくないからだ。
「あぁ。かまわないよ。」
サンジは優しく返事をすると、テーブルに歩み寄る。
自分が盛り合わせた蜂蜜たっぷりのヨーグルト。たった一口分だけ減ったそれを持ち上げたところで、イオナからの勘ぐるような視線を感じた。
不自然にならないよう、彼女の方へと顔を向けた彼は、柔和な笑みを取り繕い「どうかした?」と訊ねる。
「サンジさん、やっぱり変ですよ?」
「そうかな?」
「笑顔が引きつってます。」
「ははっ、そうかな?」
そこまで洞察力があるのなら、行為に気付かれていることも察してほしい。もうあの部屋でするのはやめてほしい。
考えたくもないのに皮肉なことばかり頭に浮かぶ。それでも心の声に留めておくには問題なかった。
サンジはぎこちない笑顔のまま、探るような目から顔を反らし、キッチンへと戻る。視線で追われていたが、気がつかないふりをした。
タイミングよく、焼き上がりを知らせるタイマーが鳴る。オーブンの中では、大量のクロワッサンがこんがりと焼き上がっていた。
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