晩餐心ここにあらずな状態でも、身体は料理の仕方を覚えている。これだけ深い悩みを抱えているというのに、夕飯の支度は難なくこなせた。
サンジは炒め終わった最後の料理を大皿に盛り付けながら、細い煙を吐き出す。くわえ煙草をしているとどうしてもそうなってしまうのだ。
野菜たっぷりのチャプチェに、下味をつけたスペアリブのオーブン焼き。クリームチーズと生ハムを使ったサラダ仕立ての前菜。スープはワカメたっぷりのサムゲタン風だ。
先にテーブルに並べてしまうと、出したものから食べ尽くされてしまうので、その全てはまだキッチンにあった。
仕上がっていた料理を馴れた手付きで、テーブルへと運ぶ。ダイニングを充たしつつあった美味しい香りが、さらに濃厚なものとなった。サンジから漂う煙草の煙りも、それを邪魔することはない。
毎食のことではあるが、ルフィはよだれを垂らしているし、誰も配膳を手伝はない。シルバーの篭に入ったままのスプーンやフォークは、一体だれが配るというのだろう。
そこでサンジは気がついた。
「あれ?イオナちゃんは?」
「あら、知らないわよ。」
「サンジくんと居たんじゃなかったの?」
「飯の準備を始めるまでは…。」
「そう。」
ロビンとナミは口々に答える。どうにも二人は、イオナがここにいないことにすら気がついていなかったらしい。
彼女たちらしいと言えばそれまでだ。
余計な干渉をしない。それが船上での生活では必須であり、安易な行動を取ればそれ以降の生活に支障をきたしてしまうだろう。
サンジはイオナとのやり取りを思い出し、苦虫を噛む。あの二人の関係を問いただす必要はなかった。どうしようもない後悔が押し避けてきた。
今日はシルバーを配ってくれる彼女がいない。そうなると、サンジ自身がするしかない。ルフィは論外としても、ナミやロビンに頼むようなことはできなかった。
料理をつまみ食いしようとするルフィの手をペチンと叩きながら、ナミが「ゾロも来てないわね。」と呟く。
それはきっと自然と口をついたことばなのだろう。けれど、サンジの中で嫌な予感が膨れ上がる。
(まさか…)
また二人は一緒にいると言うのだろうか。そうだとしたら、いったい何を…。いや、何をしているのかなんて考えてはいけない。
「あら、ゾロ。」
タイミング良くあげられたロビンの声に、全員が顔をドアの方にむける。彼は、相変わらず無愛想な顔をしていた。決して怒っているのではなく、ただ単にそんな顔の作りなのだ。
「アンタ、イオナみなかった?」
「まだ来ていないの。」
「さあ。」
ナミとロビンは息のあった調子でゾロに問う。彼は、眉をピクリと動かしつつも、しらばっくれた。
「私、ちょっと探して…」
ナミが席を立とうとする。
本心から心配しているようにもみえるし、ただの気まぐれのように思える。ルフィは我関せずな様子でヨダレを垂れ流しているし、ウソップやチョッパーもまた同様に関係ないといった様子で雑談をしている。
ナミの尻が完全に椅子から離れたところで、ゾロが「ほっとけよ。」と投げやりに言った。
「放っておけって…。まさかゾロ。アンタ、イオナがどこにいるか知ってるんじゃ。」
「どうせまたどっかで寝てんだろ。」
「どこかって?」
「男部屋。」
「なんで?」
「……知るかよ。」
ナミに追求されて平常心でいるほうが難しい。後ろめたいことなどなくても、彼女の瞳に見つめられると動揺してしまうのだ。ゾロはたどたどしく視線を伏せる。
「まるでなにかあったみたい。」とロビンが口元を押さえて笑うけれど、それが真実だ。冗談などではない。
ナミはまだ言いたげな顔をしているし、ゾロは彼女から一番離れた席について唇を固く閉ざしている。もう何も言いたくないとでも言うように。
きっとその表情こそが、好奇心を刺激しているのだけど本人はそれに気がつけないでいるのだろう。
「先に食べてようか。」
サンジは声をかける。ナミの方を向いてはいるが、全員に対する言葉だった。それに、全員が同意する。空気を読んでいるのか、いないのか。ルフィに関しては大袈裟に「やったー」と声を荒げた。
別にゾロに助け船を出した訳じゃない。ただ、イオナの秘密が露見することを嫌っただけ。
ゾロの顔なんてみたくもない。
いや、今は誰の顔もみたくなかった。
サンジは灰の方が長くなった煙草をくわえたまま、厨房の奥へと引っ込む。肺に広がる煙の匂いが、やけにモヤモヤしているように思えた。
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