子守唄は誰のために | ナノ


天明

「どういう、ことなの?」

「ごめんなさい…。」

「イオナちゃん─。」

謝ってほしい訳じゃない。そう言おうとしたサンジだったが、気がついてしまう。彼女の放ったその謝罪が、自分へ向けられたものではなかったことに。

「へぇ。」

「違うの…。」

「別にいいんだぜ。」

聞きたくない声。耳障りな声がイオナへと向けられる。彼女の視線は、いつの間にか招かれざる来訪客へと向けられていた。

白い肌を毒々しく染め上げたキスマークに、アイツの付けた独占の証に気を取られている隙に─。

悔しさと苛立ちに奥歯を噛むサンジの胸板を、イオナの華奢な手のひらが押しどかす。初めてされた抵抗がそれであることが更に虚しく、素直に身体を起こした。

「最後までやれよ。そんな気分なんだろ?」

暗に、「男なら誰でもいいんだろ。」と言う意味の隠る蔑みの言葉。イオナはブンブンと首を振る。今にも泣きそうな表情が痛々しく、サンジはイオナから、ソファから離れる。

「ゾロ、あのね…」

「どうせ、そんなこったろうと思ってた。」

「違う!」

イオナが声を荒げたところをみたのは初めてだった。その声は普段の彼女からは想像できないほどの鋭さだったせいか、ゾロは一瞬目を見開く。

けれど、すぐに表情を改めた。

そして、イオナへと歩み寄る。カタカタと鞘のぶつかる音。どうして部屋に入ってこられるまで、その音に気がつけなかったのだろう。彼の気配に──

ゾロはソファに座ったままのイオナの耳元で何やら囁く。途端に、彼女は青ざめた。

「嫌よ…。」

「勝手にしろ。」

「待って、ゾロ…」

目の前で繰り広げられる修羅場。その原因の一人であるはずのサンジが、何故か蚊帳の外。イオナは踵を返して部屋を出るゾロを追いかける。

それほどまでに、泣きすがらなくてはならないほどに、イオナにとってゾロは大切な存在なのだろうか。

すでに散々だったはずの恋心。
それを更に抉られたサンジは、無意識に煙草に手を伸ばしていた。

肺に広がる苦味。淀んだ煙が天井へと向かう。

部屋に残されていたイオナの香りは、あっという間に掻き消された。


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