子守唄は誰のために | ナノ


残夜

薬が毒になることがあるらしい。
では、その逆。毒が薬になるということも有り得るのだろうか。

身を強張らせるイオナを組み強いたまま、サンジはグッと奥歯を噛む。

本当にこのままヤってしまっていいのか。

犯される側の立場であるイオナが受け身である理由。そして、犯す側の自分が獲られるもの──。

そのすべてを秤にかけ、サンジは迷う。

それは自分のためなのか。
はたまたイオナを守るためなのか。

この一件を期に、イオナが性行為に抵抗を示してくれたなら──

そんなずるい考えが頭を過るが、可能性としては充分にある。ただ、それがイオナのためになるのかどうかについては謎であり、なによりその期待は『自分勝手』すぎる。

イオナを拘束する権利も、権限も、サンジにはないのだから。

どちらにしても、彼女が一切の抵抗をみせず、また拒絶しないのだから質が悪かった。

イオナが涙の一粒でも溢してくれれば、すぐにでも身を引ける。けれど、この状況では─サンジが男である以上─押すことしか許されない。

抵抗してくれと心で願いながらも、本能の部分はイオナの身体に反応している。そんな状況がなにより不快であり、息苦しかった。

「イオナちゃん…」

ポツリと溢れた掠れ声は、ずいぶんとか細い。それでいて、悲鳴ような鋭さがあった。

イオナはポンとサンジの頬に手を触れる。

頬に広がる冷たい感触。彼女が女の子であることを踏まえても、その手のひらはずいぶんと冷たい。

サンジは無意識にその手の甲に自身の手のひらを重ねてしまう。

「ずいぶんと冷たいんだね。」

「……冷え症、なんです。」

「そっか。」

イオナの目を見ることはできない。でも、彼女がじっと自分を見つめていることは充分に感じ取れる。そして、イオナのその頼りない瞳が、全てを甘受すると主張していることも─

決して欲情などできる気分ではない。
それでも、組み敷いた相手の体温や、香り、息遣いに本能の部分は硬さを覚え、己を主張し続ける。

「くそ…っ!」

イオナに聞こえるか聞こえないかの、微かな声でついた悪態。そこには感情の3分の1すらも込められなかったが、それでも背中は押してくれた。

サンジはシャツの上から、イオナの双丘をムニュリと押し潰す。「あっ」と甘い声をあげる彼女の唇を、自身のそれで塞ぐ。

もうなにもかも終わりだ。

完全に自棄になっていた。何もかもを壊す勢いで、イオナの身体に感情をぶつける。怒りも、悲しみも、悔しさも、虚しさも。負の感情の全てを抱いたまま、華奢な身体に訴える。

そこにはもちろん嫌われる覚悟もあった。

けれど、イオナは"その乱暴すらも受け入れる"といった風で、多少気圧されてはいるもののずいぶんと落ち着いている。

その感情の振れの低さが、さらにサンジを追い込むとも知らずに─

「イオナちゃん…」

サンジは彼女の耳元で囁き、首筋に口づけを落とす。腰を沈めて、ほどよく引き締まった太股にズボンの上から『主張』を押し当てた。

「サンジさん…。あの…」

イオナがなにか言いかけると、すぐに口を塞いでしまう。口づけが長ければ長いほど、唾液の分泌が増し、彼女は苦しそうに息を切らした。

もう我慢できないとでも言うように、サンジはイオナのシャツをまくりあげる。 手のひらで感じた弾力。それを視覚からも感じ得るために、たわわな揺れへと目をむけたのだが。

その瞬間に胃の中のものが喉元まで込み上げた。

「ごめん、なさい…」

顔色が一瞬で変わったのが理解できたのだろう。イオナは蚊の鳴くような声で謝る。けれど、彼女に落ち度はない。

他に男のいる女の子に手を出すということ。

それが唐突な行為であるという以上、『キスマークを付けられている可能性』くらいは、予測しておくべきだったのだ。

もし仮にそれを予測できていたとしても、"ここまでの数"であることは覚悟していないだろうが──。

「これ…」

ポツリと呟いたサンジの目は、警戒と不快感を示している。

『こういう病気がある』と言われれば、信じてしまいそうなほどの紫。キスマークと呼ぶには毒毒しく、誰かに晒せるようなものではない。

イオナの服で隠れた部分には、至るところに紫の鬱血が付けられていた。

色っぽく見えるはずのブラジャーすらも、いまではただの布切れにしかみえない。無理に興奮していたから余計だろう。感情の冷えていくスピードも尋常じゃなかった。

サンジは動けぬままその印たちを見つめ続ける。

あの男の残した、独占の証を…

そして。

「ごめんなさい。」

イオナはさらに呟く。
まるでそれが自分のせいであるかのように。




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