夕食後夕飯の食卓はイオナ抜きだった。
ゾロ曰く、彼女は展望室で眠っているらしい。
確認にこそ行かなかったが、彼女がいないことを不振がるナミに対して「展望室で寝ていた」と伝えたのはサンジだった。
なんでそんなことで?と眉を潜めるナミに、サンジもまた「さぁ?」と首を傾げる。その時のゾロの様子は驚くほど普通で眉ひとつ動かない。
少しくらい動揺しろよ。
無意識のうちに外へと漏れ出そうとする苛立ちを、胸中に留めるのはなかなか難しい。ロビンに「どうかしたの?」と何度も訊ねられ、気を使わせてしまっていることに申し訳なくなった。
夕飯が終わり、食後の紅茶を飲みながら雑談を交わすナミとロビンに気を配りながら、サンジは食後の片付けをこなす。
いつも通りに振る舞わなくてはならない。そう考えるほどに、それが酷いプレッシャーとなる。
寝不足で脳みその動きが鈍っているのだから余計だ。
「いつまでもあんなとこで寝てたら風邪引くわよ。ねぇ、サンジくん。ちょっと起こして…」
「ごめんよ、ナミさん。今は手が離せないんだ。」
「あら、そう。」
いつもよりずっと食い気味に返事をしてしまった。おまけに、ナミの頼みを断ってしまった。
普段ならばあり得ないことだ。
当然ながらナミもロビンも不思議そうな顔をするが、この状況では取り繕いようがない。それ以上はなにも言わず、手に握るスポンジを黙々と動かし食器を洗う。
周囲からすれば、彼が軽口を叩かないところもまた不自然なのだか、本人はそこまで意識が向いていなかった。
「眠れないって嘆いてたわりにはずいぶんと長く寝てるわね。」
「きっと疲れが溜まっていたのね。きっかけがあってよかったじゃない。」
「明日にはまた眠れなくなるかもしれないけど。」
「その時は私からチョッパーに頼むわ。さすがに可哀想だもの。」
どこかめんどくさそうなナミと、心配している様子のロビン。二人の会話に耳を傾けていたサンジは、ふと思い出す。
夜更けにゾロを訊ねるイオナが必ず「眠れないの。」と口にしていたことを。
口調のわりには心配しているのだろう。ナミが「最初から薬に頼ればいいのに。」と溜め息を漏らす。
「薬だと急な時に起きられないんだもの。不安に思うのも仕方のないことよ。」
「でも、それで体調崩せば同じことじゃない。」
「イオナなりになにかあるのよ。」
イオナが不眠症だとして、ゾロと関係を持つことになんの意味があるのか。好きな男に抱かれることで、安心して眠れるようになるとでも言うのか。
それにしては、ゾロとイオナの行為に甘さはあまり感じられなかった。というより、ゾロの口から、彼女を慈しむような言葉がかけられたことはなかったように思える。
適当に抱かれても、それでも安堵できると言うのだろうか。
どんなに女性が好きでも、脳内がピンク色でも、思考までは真似できないし、感じとるような能力もない。
気がつけば全ての食器を洗い終えていたサンジは、手についた水滴をタオルで拭い、煙草をくわえるとその先に火をつける。
もくもくと昇る煙。
肺に広がる煙たさが心地いい。
頭の中は相変わらずイオナでいっぱいだが、ほんの少しだけ気持ちが楽になったような気がする。
「サンジくん、なんかデザートなぁい?」
「あぁ、今用意するよ。」
昼間のカヌレが残っていたことを思い出すが、あれはイオナのものだ。サンジは棚に伸ばしかけていた手を引っ込め、冷凍庫からシャーベットを取り出した。
せっかくならば出来立てを食べて欲しかった。
おいしいものを頬張った時の、イオナの笑顔がポンッと頭に浮かぶ。どうしてあんな風に屈託なく笑えるんだろう。
サンジにはどうしてもそれがわからなかった。
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