一途な君のこと | ナノ

幻想と現実

「これから周りがゴタゴタすると思うし、近いうちに知ることになるだろうから言っとくけど。」

まだ話の中身を飲み込めていないゾロをよそに、エリカは真面目な顔をして続ける。

「イオナはウブな訳でも、身が固い訳でもないから。それに男に対して関心がない。どういう訳か、あんたに対して好意を持っちゃったみたいだけど。」

困ったように肩をするめるエリカの言葉が信じられず、ゾロは思ったことを率直に言い返す。

「関心がねぇなら遊んだりしねぇだろ。」

「そうなんだけど。何故か、彼氏は常に作ってた。デートすらしないみたいだったけど。」

「なんだよそれ。」

「私が知るわけないでしょ?ただ律儀に付き合う必要もないのに、どうでもいいはずの男とわざわざ付き合ってたのは確か。どんな思考でそんなことするのかわからないけど、好きでもないからすぐに終わっちゃうし。引きずることもないからすぐに次。本人は暇潰しって言ってたけど、端から見ればそんな風でもなかった。」

なにも言えなかった。普段接しているイオナの様子からそんな姿は想像できないが、彼女がところどころでみせる"諦めたような表情"を思い出すと胸騒ぎがするのだ。

まるでそれが事実であるかのような気がして。

「信じるか信じないかはあんたの自由だし、もし私の言ってることを信じてイオナを避けたり、突き放したりしても別に責めないから。」

「お前…」

「私が心配してんのは、あんたが思わせ振りな態度を続けることについて。付き合う気もないのに優しくしちゃうことについて。」

女の友情とやらを振りかざすのなら、「過去のことは水に流せ」とか「こんなだから守ってあげて」とか言い出すものじゃないのか。

想像していたのとは違うエリカの言葉に、ゾロは言葉を詰まらせる。イオナが軽いという話も信じられないが、エリカの主張も訳がわからない。

「もしその気がないなら、これ以上イオナを振り回さないであげて。」

「なんで…」

「だってあの娘、死んじゃいそうじゃない。」

「は?」

「なんとなくだけどそんな気がすんの。」

やはり意味がわからない。眉間にシワを深くするゾロの顔を、エリカはジッとみつめる。もうサンドイッチは食べていなかった。

「あんたが居ない時のイオナは、ほんとに壊れそうだった。あんななるくらいなら、どうでもいい男と遊んでた時の方がなん十倍もマシよ。」

「待てよ。俺には全く…」

「理解できないと思うけど、納得できないと思うけど、それでも受け入れてよ。」

「なんだよそれ。」

わからない。エリカの言っていることがわからない。それでも受け入れなくてはいけないらしい。

って、なにを受け入れりゃいいんだ?

あまりの話の展開に、ゾロの脳内は混沌としている。マリもそうだったが、女というのは勝手になんでも決めつけて、サクサクと話を進めてしまうものらしい。

しかもよくわからない方向に。

「おい、エリカ。ちょっと待て。まず聞きたいんだが、お前の中で俺はどういった評価を受けてんだ?」

「別に。顔がかわいいだけの屑みたいな元カノに執着してたダメ男とは思ってないけど。」

「つまり、そう思ってんだな?」

悪びれた様子もなく、本人を前に悪口を言ってのけた彼女は、フンッと鼻を鳴らす。そして、ゾロの買ってやったサンドイッチの残りを頬張り始めた。

「ダメ男だと思ってるヤツに買ってもらったもんなんて、食うなよ。」

「お金にも、サンドイッチにも罪はないでしょ?」

「あのなぁ…。」

なんとなく話の筋は読めた。結局、エリカはイオナが心配なだけなのだ。やり方は強引過ぎるし、思いやりが無さすぎるが、それでも友達を守りたい一心なのだろう。

「俺が今までの会話のいっさいをイオナに告げ口したら、お前はどうするつもりなんだよ。」

「別に。イオナがそれで熱くなるなら、それだけあんたのことが好きってことだし。逆に、なんともなく淡々とすべてを受け入れるならあんたへの気持ちもそこまでってことよ。」

「友達やめられるかもしれねぇんだぞ。」

「それでも生きてれば仲直りの機会なんていつでもあるし、仲直りできなくても私がイオナのこと気に入ってることは変わらない。それでいい。」

淡々と言うが、サンドイッチを握る手にはギュッと力が入っている。せっかく買ってやったのに、潰すなよ。そう思う反面、案外かわいいところもあるんだなと関心してしまった。

「嘘つけ。ほんとはビクビクしてんだろ。」

「なによ。私を脅してんの?」

「そんなつもりはねぇけど…」

感情の起伏が激しい女は苦手だ。キッと睨み付けられたゾロは、胸中で「まいったな」とぼやく。ほんのちょっとからかうつもりが、どうにも怒りの導火線に火をつけてしまったらしかった。

「だいたい3年付き合ってた相手とそんなすんなり別れられるわけないじゃない。それでなくても、あのクズ女に!馬鹿なアンタは!ベタ惚れだったんだから!」

「ちょっと声のボリューム…」

「読者モデルかなんだか知らないけど!あんなクズ女!私が顔面ボッコボコに─」

「おい、待て。声が…」

「なんなのよ。なにが「私のダーリン!」だよ。死ねよ。殺すぞ。性格ブス。すっぴんおばけ。あんな電話… 」

「いや、待て。ちょっと待て…」

あまりのエリカの迫力に、周囲の客や、通りすがりの人が野次馬になりそうになっている。というより、声がデカすぎる。殺すぞとか、間違っても街中で言うもんじゃない。

これでは修羅場じゃないか。

でもそれよりもっと気になることがあった。

「なぁ、電話ってなんだよ。」

「は?なに?知らないの?あの馬鹿な彼女から、私の携帯に電話が入ったのよ。宣戦布告的な電話が!!!」

「…………あぁ。そうか。」

「応戦したやったのよ。くそブスビッチって言われ腹立ったから、公衆便所に言われたくないわ!って返してやったわ!」

「お前…、つか、ちょっと声量抑えろ。」

「もしあの電話がイオナに対してかかってきてたらって思ったら、あぁ、腹立ってきた。殺す。社会的にも、精神的にも抹殺したい。」

「だから、殺意と声量を抑えろ。」

つまり、マリのあの発狂は、エリカに煽られたからということらしい。

もともとヒステリックな女だったので気がつかなかったが、言われてみれば浮気自慢的なことをされたのは初めてだったようにも思える。

とりあえずエリカを落ち着かせるために、ゾロは半分ほど残ったフラペチーノを差し出した。彼女は息を荒げながらもストローをくわえチューチューし始める。

せめてカップを自分で持ってはくれないだろうか。

なんだかモヤモヤするゾロだったが、それでもあのマリと正面衝突してくれた彼女を労わりたい気持ちは強い。

「最初に電話したのが私だったからよかったけど、一番にイオナに電話してたら、アンタはどーする気だったの?あのクズ「イチャイチャしてまーす♪」とか言ってたのよ。」

「それは…」

「ガード甘すぎ。」

「悪かったよ。」

「あんたと関わってる以上、イオナだって嫌な目に合うのはわかってる。どうでもいい男の彼女に罵られるならともかく、好きな男が大事にしてる女に罵られるなんて…」

ムスッとした表情で、ストローをくわえたまま言葉を紡ぐエリカ。いいから自分でカップを持てよ。だんだん腕が疲れてきたゾロは、カップをぐいっと彼女の方に押す。

どうにもエリカは、そこではじめてそれがゾロの手によって支えられていたことに気がついたらしい。慌ててカップを受け取った。

「そんな酷い喧嘩したのか、お前ら…」

「えぇ。やったったわよ。電波越しじゃ殴れないからね。言葉で徹底的に応戦してやったわ。」

彼女は再びフンッと鼻を鳴らす。トイレにいたのはほんの数分だ。その数分でどれだけ酷く罵りあったのだろうか。心底呆れてしまった。

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