一途な君のこと | ナノ

やいやいくん

連休まであと3日。

彼氏がいないとダメだったイオナが、恋人を作ることなくバイト漬けの日々。それを頑張れたのも一重にゾロのおかげだろう。

そこらのダメ男に苛立つくらいなら、彼とバイトをしているの方が楽しい。話している方が楽しい。

よく働いた夜はよく眠れたし、気のないセックスよりもずっと満足感があった。

「なんでそんなサクサクやれんだよ」

全てのオーダーが出し終えたことを確認するイオナに、ゾロが訊ねる。彼の手には水の入ったグラスが握られていた。

彼女は小さく肩をすくめてみせ、グラスを受け取る。せかせかと動いたせいで少しだけ貧血気味だった。

他のスタッフがオーダーを溜め込んでいたのが発覚したのは、その人の休憩時間が迫ってから。

店長がいれば休憩返上で片付けろとドヤしたらだろうが、生憎、彼は他店ヘルプ(通称:愛のお手伝い)に出向いている。

普通に考えれば、その店舗の責任者が他所の店を手伝うなんていうのが馬鹿げているのだが──彼らの愛の前に常識など存在していないのだ。

という訳で、バイトも好きにさせてもらおう。

そう考えたイオナは、使えないバイトを休憩に入れ、自分が全てを請け負った。

後から入った分際でそれをするのは気が引けたが、あのままではラチがあかなっかったろうし、客室に謝りに行くのは御免だったので苦肉の策というスタンスで提案したのだ。

その人も休憩に入れる上、ゴタゴタを引き取ってもらえるこということで不満ではなかったらしい。結構ノリノリで休憩室に消えていった。

ゾロはその責任感の無さに若干腹を立てていたようだが、バイトはあくまでバイトである。プロ意識を望んだって無駄だとイオナは笑って流し、逆に彼に協力を仰いだ。

「あの量溜め込まれてて、よく代わってやるなんて言えるよな。」

「だから、サボるためよ。」

「はぁ?」

「後々サボるときに邪魔になるんだから、先手打ってキッチリ排除しておかないと…」

「いたって真面目じゃねーか。」

「でもさ、さっさと終わらせとけば、がっつりサボれるよ。」

ゾロはあぁ言えばこう言うイオナを前に「ほんと可笑しな奴だな」と笑う。その笑顔が大好きだった。イオナはチラチラと彼をうかがいながら、出しっぱなしになっていた調味料やら、調理器具やらを片付ける。

こうしている時間がすごく好きだった。

無理をすることもなく、取り繕う訳でもなく、ただ普段通りの自分でいられる。等身大でいられる。

今の距離感が心地よかった。

片付けが終わり、床にモップをかけていると二人で休憩に入るようにと声がかかった。冷蔵庫の在庫を数えていたゾロは、若干震えているのに気がついたのはこの時。

ガクガクしているのがすごく可笑しい。

「ご飯食べる?」

「あぁ。先、休憩室に行っとくわ。」

「うん。」

よほど寒かったのだろう。暖かいお茶を差し出すと、彼はそれを手にいそいそと休憩室へ向かった。

厨房に一人残されたイオナは、ゾロと自分とエリカの分の食事を準備する。他のスタッフがここに来ないのは、彼女がいることを知っているからだろう。オーダーが通れば押し付けるつもりなのだ。

普通の人なら、休憩に入らせろよ!と文句を言うところだが、イオナにとっては別にどうということでもない。

むしろ、誰も来ないことに安堵していた。

というのも、ここのところ妙に話しかけてくるスタッフがおり、その人が交代を理由にここに来るのではと滅入っていたのだ。

その人のことをイオナは悪い人だとは思っていない。むしろ腰が低くて、愛嬌のあるタイプだと受け取っている。

それでも苦手意識が強いのは、なんだか元彼に雰囲気が似ている気がするから。その上、どこか断りにくい語り口をしていた。

同じ時間帯のバイト仲間というだけで、ずいぶんと突き放しにくいのに、断りにくいとくれば顔を合わせるのも億劫だ。

杞憂に終わってよかったと、心の底から感じていた。

彼女が冷凍庫から取り出したのは豚肉。
今日作るのは豚のしょうが焼きと決めていた。
簡単で、なおかつ美味しい。そして、無難。

凍った肉をジップロックに入れたまま流水にさらす。しょうが焼き用の厚い肉ではないので、すぐに解凍できた。

どうにもしょうが焼きというのは男心を鷲掴みレシピと呼ばれているらしい。それで胃袋を掴んでしまえという魂胆だと知り、イオナは驚いた。

何故なら、しょうが焼きには市販の合わせ調味料が存在しており、それを豚肉にかけ、火を通しさえすればおいしいしょうが焼きが作れるのだから。

料理の腕前を知るにはちと簡単すぎる。

世の中の男性が未来のメシマズ嫁に騙される事案が多発し、壮絶離婚バトルが…

イオナはそこまで考えて、意識を手元に戻す。

当然のことながらこの厨房には魔法道具である市販の合わせ調味料など存在していないので、漬けダレは自作する。チューブの生姜は優秀だった。

焼いて盛り付けるだけなので所要時間は10分未満。

今、フロントで暇をもて余しているであろうエリカの分はラップして棚の上に置いておく。ラップの上にに彼女宛であることを記したメモを乗せておけば誰かに食べられることはないだろう。

イオナは二人分のしょうが焼きと白ご飯、インスタントの味噌汁を手に休憩室に向かう。厨房を使い終わったことは他スタッフにインカムで知らせておいた。

ゾロは椅子に深く腰を掛け、スマホを弄っていた。当然のことながらもう凍えてはいない。

「身体温まった?」

「おう。」

テーブルにしょうが焼き、味噌汁、白ご飯を並べると、彼の口から「へぇ。」と感嘆の声が漏れた。

サクッと作ったもので感慨深げな声をあげられるのは、なんだか照れ臭い。おもわず、素っ気ない調子で「なに?」と言ってしまう。

ゾロはそれをどう受け取ったのか、また可笑しなものをみるような目を向けてくる。

「だからなに?」

「うまそうだなと思っただけだよ。」

「そんな顔してないけど。」

「お前のリアクションが可笑しいからだろ。」

スマホをテーブルに置いた彼は、代わりに箸を握る。その向かい側に腰を下ろしたイオナもまた、箸を手にした。

自然といただきますの声が揃う。

言い終わると同時に、ゾロはガツガツとしょうが焼きを頬張り、白ご飯を掻き込む。租借しているときの頬の膨らみを可愛く思いつつ、イオナも箸を動かす。

彼が半分くらい食べ終わったところで、ちょくちょくスマホを気にするようになった。

どうにも一緒に食事をしている合間で操作するのは悪いとでも思っているようで、躊躇っているらしい。

自分なら気にせず弄るだろう。
それどころか一瞬も躊躇わないと思う。

見た目が派手なだけに、彼の常識的なところを目の当たりにするたびに驚かされる。

「メール着てるんじゃない?」

「まぁ…」

「返信しないと泣かれちゃうよ?」

「うるせぇ。」

イオナが煽ったのに、ゾロは少しだけ申し訳なさそうにスマホを手にする。その時の表情をマジマジと見つめてしまうのは、ときどきみせるホッとしたような顔が好きだから。

けれど、今日の表情は終始険しかった。

だからといって、なにかあったの?とは聞けない。

見て見ぬふりをして、箸を進めた。


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