オムライス
休憩に入ったイオナが厨房で野菜を刻んでいると、偶然なのか、狙ってなのか、やいやいくんが現れた。
休憩中に厨房を使わせてもらっている立場なので文句は言えないが、それでも彼と二人きりになるのは不本意であり、気分がいいことではない。
あまり感じが悪くならないよう、あえて自分から業務に関することを軽く話しかけたイオナは、それ以降、彼を視界に入れないようにする。
それでも彼は気にしていないのか、気がつかないのか、平然とそこにいた。
あからさまに手元を覗き込んだり、使ったあとの調理器具を勝手に洗ったり…
一方的に距離を詰めてくるやり方が、やっぱり元カレに似ている。いい気分を台無しにされたイオナは、とっととオムライスを作り終え、休憩室に行きたいと思っていた。
彼女が白米と野菜を炒めたフライパンに、ケチャップとコンソメをいれたところでやいやいくんが口を開く。
「俺も食いたいなぁ。」と。
なんだか試されている気がした。
本当にゾロとなんとでもないのなら、俺にも手料理を振る舞ってくれるよね?と問われているような気分だ。
それが被害妄想だとしても、事実だったとしても、どちらにしろイオナはめんどくさいのはごめんだった。
「わかった。あの棚の上にラッブかけて置いとくから。」
「え?マジで!?」
「うん。」
「ほんと!?うれしい!ありがとう!」
一度、キョトンとした顔をみせた彼は、今度は心底嬉しそうに笑う。子供みたいな笑顔だ。
試されていたんじゃないんだ。
イオナはそんなことを考えながら、お礼を告げてその場を後にした彼の背中をポカンと見つめる。
元カレほど狙っている訳ではないのかもしれない。それでも心底腹が立つ存在であることは変わりない。
どうしてそんなに腹が立つのかはわからないが、とにかくあまり好きなタイプの人間ではなかった。
イオナは再び料理に戻る。野菜を刻むのはめんどくさかったため、別のフライパンで白ご飯を炒め、今のフライパンに足そうかと考えていたところで誰かが部屋に入ってきたのがわかる。
そしてそれが誰なのかもすぐにわかった。
イオナは何気ない口調で、「どうしたの?」と声をかける。対するゾロは少しだけ躊躇いがちに言う。
「あいつお前のこと好きなんだとよ。」
「へぇ。初耳かな。」
なんとなく勘づいてはいた。ただ直接聞いた訳でもないので、あぁやっぱりか。と思うだけだ。
ゾロにとって、イオナの特に驚いてもいない様子をどう思ったのか、小さく溜め息をつく。
「前からそれらしいことは言ってたんだよ。だからイチイチ俺に突っ掛かってくる。」
「それって女々しい。告ってくれたらいいのに」
別のフライパンで炒めたご飯を元のケチャップ入りフライパンに移す。そのついでにゾロに目を向けた。彼は少しだけ驚いた顔をしている。
「付き合うのか?」
「いや、丁重に断るかな。」
「なんだそれ。」
彼は少しだけ嬉しそうな顔をした。ような気がする。安堵したような笑みをみせた後、大きく伸びをして大きな欠伸をする。
なんともいえない仕草。
自然で飾りっ気のない彼の様子に、やいやいくんに対して抱いていた不快感は収まってくる。
そんな最中でも、イオナはいつもより多くなってしまったケチャップライスを、むらなく混ぜるのに必死だった。
ゾロは何故か休憩室には戻らず、その場にあったパイプ椅子に腰を下ろし、スマホを弄り始めた。
その横顔はやっぱり落ち着いている。
さっきまでの不安そうな表情は一体なんだったのだろうか。本当に謎だ。
なんとか味の馴染んだ赤い色のご飯をお皿に盛り付けたイオナは、今度は卵をかき混ぜる。彼女が好きなふわとろオムライスには、1人前3つの卵を使う。
ただエリカの分を含めて4人前のオムライスを作った今日、一人前に3つも卵を利用すればさすがに怒られてしまうだろう。
イオナはオムレツを乗せるタイプを諦め、薄い卵で包み込むお子様ランチ風のオムライスを4つ仕上げた。
ケチャップで各々の名前を書いた後、エリカとやいやいくんの分にはラップをかける。
使い終わった用具を洗い終えたところで、なんだか酷く倦怠感を覚え、深い溜め息が漏れた。
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