一途な君のこと | ナノ

ごっつこんこ

ラストまでの勤務の後、ゾロは何故かやいやいくんがセフレちゃんから逃げられるように手を貸した。

当然ながらイオナは無介入だったため、どうしてなのか、どうやったのかはわからない。逃げられた彼女が、休憩室で泣きじゃくっていただけ。

「ほっとけよ。かまったら八つ当たりされるだけだろ。」

「そうだね。」

イオナはゾロに促されるままにパテーションを越え、休憩室を後にする。別に彼女を気にしていたわけではなく、ゾロの前でどんな顔をしたらいいのかわからず戸惑っていただけなのだが。

そんなことには全く気がつかないのか、ゾロはずんずん前を進む。イオナは少しだけ早足でそれを追いかける。

「今日は疲れたろ?」

「うん、予定外だったし。」

「明日、学校は?」

「2コマ目からだったかな。」

「そうか。なら今からだとあんま寝れないな。」

「うん。」

無難な会話なのに返事に困るのは、後ろ暗い気持ちがあるから。偽っているような、嘘をついているような。そんな気がするから。

─本性を隠している。

そんなつもりは微塵もなかった。一度、交際期間の話に触れたことはあったけれど、あの場は深い話をするところではなかった。今まで、過去について話すきっかけがなかっただけだ。

それでも、指摘された以上、ここで話しておかないと"隠していた"ことになるんじゃないのか。自分の知らないところで、尾ひれのついた情報がゾロの耳に入ってしまうんじゃないのか。友達ですらいられなくなってしまうんじゃないのか。

頭の中がグルグルする。

不安で胸が押し潰されそうで、自己嫌悪で気が重くて、怖くて、苦しい。

イオナの足取りが重くなっていることに気がついたゾロが、足並みを揃えるように歩く速度を落とした。

「どうした?」

「え?あぁ、いや…。私、こっちだから!」

俯けていた顔をあげた途端、ゾロの顔がそこにあった。驚いたイオナは慌てて左側の小路を指差す。その道は確かに近道なのだが、深夜帯は通らないようにしている街灯の少ない薄暗い道。

場の気まずさから、彼を避けようとしてしまった。

思わずとってしまった自分勝手な行動に、さらに自己嫌悪は強くなる。遠回りしてでも長く一緒に居たい相手なのに、突き話そうとしてしまっている。

泣きたくなった。もう嫌だ。ダメだ。自分はどうしようもない人間だ。

悔しくて、悲しくて、なによりも申し訳なくて。秋の冷たい夜風が鼻の奥にツンくる。

再び視線を俯けたイオナの顔をさらに深く覗き込んだゾロは、あからさまに怪訝な顔をする。

「ここ、通るのか?」

「近道、だから…。」

「なら送ってってやるよ。」

「あぁ、いや。でも…」

断らないと。咄嗟に顔をあげたイオナの頭にポンッと大きな手が乗せられる。呼吸の音が重なる距離で、真剣な瞳にみつめられ、言葉が出ない。

「そんな顔すんなよ。せっかく褒めてやろうと思ってたのに、俺だけ浮かれてバカみたいだろ。」

「ごめん…」

「謝んなくていい。つーか、謝るなら相手が違うだろ。」

頭のてっぺんに乗せられていた手のひらが、ゆっくりと後頭部に向かって流れる。それでなくても近かった顔の距離が更に近づく。ゾロの口角が微かに上がる。

抱き締められる!?

打ち付ける鼓動の数に対して、秒針の進みがやけに鈍い。緊張で全身が強張り、呼吸が乱れる。後ずさることも、しゃがみこむこともできず、だからといって受け入れる勇気もなく。

まるで"それ以上"を拒むかのようにイオナは瞼を硬く閉ざしたのだが、わずかに遅れて訪れたのは予想外の額への小さな衝撃。

「後悔してんのなら、自分自身に謝っとけ。」

いつもの調子でゾロが言う。けれどその声はいつもよりずっと近くから聞こえる。恐る恐る瞼を持ち上げたイオナの額に、ジンジンとした熱が届く。

「ガキのうちは間違えるもんだろ。正せたならそれでいい。いちいち後ろを向くな。いちいち自分を嫌いになるな。」

「ゾロ…」

どう返事をしていいのかわからない。言葉がでない。何か言いたくても下唇を噛むのにやっとで、言葉を紡く余裕なんてない。それでもやっとのことで絞り出したのは、相手の名前だけ。

頬を伝う熱い雫を、皮膚の厚い親指が拭ってくれる。温かくて、優しくて、大きいな手が頭をワシャワシャと撫でてくれる。

冷たい不安は温もりへと書き換えられて、心の溝が満たされていく。不思議と温かな感覚に包み込まれいく。

額が離れても、髪を撫でていた手が離れても、それは全身を包み込んで離さない。イオナは指の先で涙を拭う。

「可愛いし、似合ってる。」

「え?」

「なんでもねぇよ。ほら、帰るぞ。」

踵を返したゾロは、照れたように後ろ頭をガシガシと掻いた。顔を覗き込んでも、ふいッとそっぽを向いてしまうのでその顔色はわからない。

彼はまるで道を知っているかのように、イオナの前をずんずんと歩く。でたらめに、遠回りして、ずんずんと歩く。

「なぁ、近道にしては遠くないか?」

「だって、道間違えてるんだもん。」

「は?先に言えよ。」

やっと異変に気がついたゾロは、イオナの悪戯な返答に呆れたように笑う。けれど、全然嫌そうではなかった。
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