一途な君のこと | ナノ

クリスマス

はぐらかされたんだ。

そんなことは考えなくてもわかる。どんな馬鹿だって、すぐに理解できたと思う。自分の失言に対する居たたまれなさか、

イオナは手袋を外して、ゾロの買ってきてくれた紅茶の缶を受け取った。悴んだ手のひらで触れると、それは熱すぎるくらいだった。

ゾロが隣に腰を下ろす。いつも通り、少しだけ距離がある。近すぎず、遠すぎず。それがゾロの気遣いで、そんな拳一つ分が、じれたったくてもどかしい。

けれど自分からそれを埋める勇気はない。ただ、「ありがとう。」と呟くだけで、精一杯だった。

恋愛に怯えている訳じゃない。それ以前の、それ以上の、もっと大きな何かに怯えている。

すっと自覚しないようにしてきたものを胸に突き立てられたような感覚に苦しくなりながら、必死に人差し指でプルダブを擦るけれど、指先が悴んでいるせいか、一向に持ち上がらない。

それに気がついたゾロはフッと息を洩らして、缶を浚ってしまった。あれほどまでに頑丈だったプルタブは彼の節だった人差し指の爪によって、あっという間に持ち上げられてしまう。

「ゾロはなんでも簡単にできちゃうんだね。」

思わず口をついた言葉は紛れもない本心だった。イオナはいけないことを言ってしまったような気がしてハッとしたけれど、ゾロはそれを咎めるようなことはしない。

「そうでもねぇよ。」

それどころか、彼は困った風に笑う。まるで小さな子供に無理難題をねだられた時のような、そんな親しみを覚える表情で。

イオナの胸に熱くて温かな感情が更に込み上げる。自分がまた泣いてしまいそうになっていることに気がついて、視線を伏せた。そのタイミングで指先に押し当てられた缶は相変わらず暖かい。

イオナはお礼を言わなかった。というより、言えなかった。

ゾロはプルダブを持ち上げるよりもずっと素敵なことを、これまでにたくさんしてくれている。その一つ一つにちゃんとお礼も言えていないのに、ここで「ありがとう。」を口にすることができなかった。

無言のまま口元に缶を運ぶ。
唇に触れた缶も、舌に触れた液体は思ったより熱くない。手のひらはこんなにも熱いのに。

「一番やんなきゃなんねぇことがまだ出来てない。」

わずかな沈黙の後、ゾロがポツリと呟く。
イオナが視線を向けると、彼は自身の靴の爪先を見つめていた。

「たぶん、まだ、俺にはできねぇと思うしな。」

自嘲めいたニュアンスの言葉は珍しい。ゾロの言葉とは思えない響きに、自分の耳を疑うけれど、それは紛れもなくゾロの言葉だ。

イオナは黙っていた。相づちの打ち方を忘れたみたいに、ただ沈黙していると、突然、ゾロが小さく吹き出した。

「今、俺らしくないって思ったろ?」

「それは…」

「俺も、今のはらしくねぇと思った。」

「うん。」

適切な相づちとはなんなんだろう。興味なんてなかったコミュニケーションツール。そのバリエーションなんて持ち合わせていない。戸惑うイオナと目を合わせることなく、ゾロは暗くなったきた空を見上げてポツリと呟く。

「好きだ。」と。

頭が真っ白になる。期待していたはずの、ずっと欲しかったはずの言葉は、心に収まってくれない。脳に届く前に膨張しすぎて、弾けてしまった。

「え?」

思わず聞き返したイオナに、ゾロは「なんでもねぇよ。」と肩を竦めてみせた。

きっともっと追及しなくてはいけない。言及して、誘い出して、ねだらなくてはいけない。

そうわかっているのに、イオナはにもできない。言い出せない。

「そっか。」とだけ呟いて、今を受け入れてしまう。そんな自分に嫌になりながら、それでも、立ち向かう勇気がなかった。

臆病で逃げ腰で、怖がりで。
それが本質の自分であることを強く理解させられるばかりだった。







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