一途な君のこと | ナノ

クリスマス

「この人、ゾロ先生の彼女!?」

「あぁ。」

「ホントに!?妹とかじゃなくて?」

「まったく似てねェだろうが。」

道場に着いた時点で、連れてくるのはやめておけばよかったと思わなかったこともない。教え子である小学生たちは、挨拶も忘れてあっという間にイオナに群がった。

それでなくても緊張している風だったイオナの表情が更に強張る。ゾロはなんとか助け船を出そうと考えたけれど、無邪気な彼らの前では必要以上に口下手になってしまう。

保護者連中からは『寡黙で勤勉』だと評価されているけれど、それは彼女らの勘違いだ。ただ単に、墓穴を掘る羽目になりそうで口を開くのが億劫なだけだった。

結果的に、ゾロは教室の準備しつつ、小学生に取り囲まれたイオナを遠巻きに眺めている。いくら童顔とはいえ、小学生の群れの中にいれば充分に目立つ。これが高校生の群れだったなら、きっと同化してしまっていただろう。

「ヘぇ、あの娘が。」

「あんまジロジロみんなよ。」

「見るくらいいいだろ。」

傍観しているうちに剣道仲間であり、一緒に『先生』をしている幼馴染みが隣に立っていた。女ったらしのような見てくれに似合わず一途な質で、恋人は高校時代から変わっていない。

そんなコーザの恋人は今日もマネージャーの如く、ドリンクやタオルなどの準備を一人でせっせと行っていた。

「想像してたよりずいぶんと可愛い娘だったな。」

「どんな想像してたんだよ。」

「もっと、ほら。胸がボンッとなった、ヤンキーみたいな…?」

「お前、やっぱバカだろ。」

ゾロはジットリとした目をコーザへと向けた。彼は案の定、楽しげな表情を浮かべている。イオナに一番逢いたがっていたのだからその顔は当然とも言えた。

「お前ら、まだ付き合ってないんだろ。」

「あぁ。」

「せっかくのクリスマスに、よくこんなとこ来てくれたな。俺がイオナちゃんだったら、もっといいとこ連れてってくれる男を探すわ。」

「うっせぇよ。」

イオナは目が会うたびに「どうしよう。」と言いたげな表情を浮かべてくる。それが妙に可愛くて、無邪気な言及を続けさせてみたいと思ってしまう。

けれど、そうしているうちに、小学生たちの無邪気さは悪化している様子だった。

「ゾロ先生とどこまでヤったの?」

どの声よりも高い声で放たれたその質問に、イオナの表情が凍った。動揺から見開いた瞳は小刻みに揺らいでいるし、みるみるうちに頬が赤く染まる。

ゾロが「おい!」と低く声をかけると、蜘蛛の子を散らすように教え子たちはその場を去る。普段はダラダラしている奴に限って、 逃げ足だけはずいぶんと速い。この時も実際そうだった。

大人げないと笑うコーザを無視して、イオナに歩み寄ると彼女は安心しきった表情を浮かべ、今にも泣きだしてしまいそうになった。

狼に食い殺されそうになっていたウサギじゃあるまいし、そんな顔をしないでほしい。衝動的に抱き締めたくなってしまう。

ゾロは言葉に詰まり、イオナの頭をポンポンと撫でた。彼女はぎこちない笑みを浮かべたのち、その視線をわずかにずらした。

「初めまして。俺、コイツの幼馴染みで…」

「コーザ。ちょっと落ち着け。」

「いいだろ。ね?」

「はじめまして、イオナです。えっと…」

イオナは自分の立場をどう説明するべきか迷っている風だった。チラリと向けられた視線に、困惑がうかがえる。どう助け船を出すか悩むゾロを真横に、コーザはその間を勝手に解釈した。

「ゾロの彼女さんだな。承知した。」

「え…っと…。」

「あっちの椅子にでも座ってなよ。子供らにもちゃんと説明しておくから。」

「はい。」

否定しなくていいの?イオナは視線でそう訴えている。ゾロはあえてそれを無視した。イオナの頭を再度ポンポンと撫で、「んじゃ、後で。」とだけ声をかける。

「キザな彼氏を持つと大変だな。」

「あ、いえ…。」

「あそこに居るの、俺の彼女だから。なんか必要があれば声かけて。煙草は…」

「吸いません。」

「ならよかった。」

空気を読んでくれたらしいコーザの勢いに負け、イオナは指定された椅子へと向かう。なにか言いたげな顔をしていたけれど、やはり知らぬ顔をしてしまった。

バイト中はわりと表情を取り繕うのが上手いイオナだけれど、アウェイな場所では露骨に不安な顔をしてしまうらしい。ついでに照れてもいる様だった。

「今日はいつもより激しめな練習にしようぜ。」

唐突にコーザに耳打ちされ、思わず顔をしかめる。練習の後、クリスマス会だってあるのだから、無理はよくない。「馬鹿いうなよ。」と呟きつつ、ゾロは鼻を鳴らす。

けれど、コーザは揺るがない。

「かっこいいところ、見せたいんだろ?」

ちゃかすような物言いに、思わずイオナから視線を離す。予想していた以上に強い冷やかしの視線に、思わず顔が熱くなった。



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