クリスマス
12時になる少し前。
料理の支度が終わったところで、いつもとはちょっとテイストの異なった服に着替えたイオナは、深く寝こけるゾロの身体を揺すってみた。低いイビキが止み、その代わりに掠れた唸り声が響く。
「朝だよ。っていうか、昼だよ。起きて。」
「んん…。」
「遅刻するよ?」
声かけに反応こそするけれど、まだ頭は冴えないようで返事は鈍い。触れたゾロの肩はカイロのように温かく、もう一度ベッドに入って、その隣で眠ってしまいたくなる。
もっと触れたいし、触れられたい。
寒い季節のせいか、余計にそんなことを考えてしまうけれど、それは決していかがわしい意味ではないはずだ。
イオナは自分自身に言い訳しながら、さらにゾロの肩を揺する。彼は一度逃げるように寝返りを打ったものの、それでもさらに揺すったせいか諦めたように身体を起こし、ワシャワシャと頭を掻いた。
「んあ…。わかった、今、起きる。」
「おはよう。」
「おう…」
まだ頭はハッキリしてないのだろう。すでに身体を起こしているのに、「今起きる。」は変だ。けれど、そこを指摘する気は微塵もない。
というより、意識は別のところに向けられていた。
気だるげに首を回す仕草も、眩しそうに寄せられた眉間のシワも、返事をする掠れた声音も。あまりに色っぽく、見惚れてしまう。
ゾロが右手で左の脇腹を掻くと、割れた腹筋がチラチラと覗いて、さらに目をそらせなくなった。
ポカンと開いたままになっていた口を押さえ、イオナは頭をぶんぶん振る。そんな間抜けた姿を見られてしまっていたらしい。ゾロはこちらをみて「なにやってんだ?」と笑った。
「べ、別に…」
「あぁ…、すげェ旨そうな匂いがする。」
せっかくしらばっくれた態度をとったのに、性急に話題を変えられてしまう。なんとなく空振りしたみたいな照れ臭さプラス、掠れた声がやけに色っぽく頭がクラクラした。
あぁ、ダメだ。と思う。
どれだけ聞いても、寝起きの声には慣れそうにない。それでも耳元で囁かれなかっただけ今日はマシだ。今感じているこの感情を言葉にしてしてしまう勇気はない。けれど、間違いなく本能の部分は"抱かれてしまいたい"と感じていた。
「ご飯、もうできてるの。すぐ食べる?」
慌てて気持ちを切り替える。けれどまだ寝惚けている様子のゾロは、質問に答えない。それどころか、「その服、どうした?」と逆に質問してきた。
「へ?」
「初めてみたわ。」
「そう?」
ゾロはあまり洋服についてのコメントをしない。露出を高くすると目のやり場に困っている風な仕草をみせるけれど、それ以外はあまりない。珍しい指摘に、胸が踊る。
「似合ってると思う?」
「あぁ。」
「ほんとに?」
「わりと、マジで…、いや、なんでもない。」
ゾロは誤魔化すように視線を伏せた。逃げるように立ち上がると、いそいそとトイレへと向かう。なんでもないとはぐらかした言葉の続きはなんだったのだろう。
聞かなくてもわかるようで、言ってもらえないと自信が持てない。そんな微妙な乙女心は、きっと届かないだろう。
今、イオナが着ているのは白いニットのワンピース。ざっくりと編み込まれたデザインで、みた感じは大人っぽい。けれど、実際は合わせるアウターや小物によって、いろいろと変化を楽しめるという利点がある。
品良く、派手すぎない。それは、エリカからのアドバイスでもあった。
少し短めのスカート丈ではあるけど、ムートンブームとカラータイツを合わせることで、色っぽくなりすぎない。逆に素足にロングブーツだと、充分に魅力的なスタイルになれる。らしい。
イオナはゾロが入っていったばかりのトイレのドアから、全身の映る鏡へと視線を向ける。今は黒いタイツとその上から履いたモコモコソックスと合わせているので、格好がついているとは言いがたい。
似合っているのかどうかも自分ではわからない。
ただ、ゾロの反応をみる限りではこの見立ては間違いなかったようにも思えた。
イオナはベッドの脇に置き去りになっていたエプロンを拾い上げ、頭から被る。柄にも無く、イベントにドキドキしている自分が気恥ずかしくて仕方なかった。
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