一途な君のこと | ナノ

サンタクロースは

さっきまでグラスを洗っていたはずのイオナがいない。そう気がついたゾロは、厨房でつまみ食いを働いていた同い年の男性スタッフに声をかける。

「なぁ。イオナどこいった?」

「そういや、さっきやいやいくんと…」

「はぁ?」

「お、俺はなんもしてねぇだろ。そんな怖い顔すんなよ。」

「あぁ、悪ぃ。つか、なんもしてねぇって…、もろにつまみ食いしてただろ。」

「それは…っ!!!」

作り置きのポテトがいくばか減ったところで、たいした問題ではない。それでもあえてつまみ食いを注意したのは 、自分が"怖い顔"をしてしまっていた自覚があったからだ。

指摘されたことで、ある程度頭が冷え、平常心は取り戻した。それでも業務中にイオナが誘い出されたことが気にくわない。

客室にドリンクを届けに行っていたその隙であったことがまた、腹立たしかった。

ゾロは休憩室に足を運んでみる。けれど、そこに居たのは、現在休憩中の女性スタッフだけ。二人を見ていないかと聞こうかとも思ったけれど、そうするとまた感情を露見しかねない。

なにより、逆にあれこれ質問攻めにされる可能性もある相手に、あえて問いかける必要はなかった。

入り口で立ち止まっていたために、女性スタッフから一瞥されてしまう。咄嗟に顔を背けると彼女はなにも言わず、ゴテゴテした装飾の施されたスマホへと視線を戻した。

(どこに行きやがった…)

二人が一緒に居なくなったところで、普段ならどうってことはない。確かにイオナは押しに弱いけれど、それでも、やいやいくんには彼女を圧倒するだけの力がないことはわかりきっている。

そう理解していながらも焦ってしまうのは、今日がクリスマス・イブという、恋人たちのイベントの日だから。

もっと言えば、今の関係のままであることを考えたゾロは、イオナに対して特別なプレゼントを用意していなかったから。

それは、一歩詰めれば、一歩後ずさるイオナに、今なにか手渡したところで、重荷にしかならないのではないか。単純にそう考えてのことだった。

なにも考えず、ただ想いを伝えるだけでいいやいやいくんとは違う。安易な思い付きでプレゼントを用意できる…

そう考えながらも、ゾロは感情のままに追い込みをかけられる彼を内心羨ましく思っていたのかもしれない。

気にしなくても、心配しなくてはならないようなことは起こらない。イオナに限って、ほいほい釣られてしまう子とはないだろう。そう頭で理解しているにも関わらず、冷静でいられない。

先を越されることに対する焦燥は否応なしに感情に揺さぶりをかける。

空いている客室に入られていては探しようがない。そう考えたゾロは、イオナを探し出す簡単な手段を思いつく。そう。もっとも簡単であり、なにより大胆な手段を。

…………………………………………………………

やいやいくんから「ちょっといいかな?」と切り出されて、イオナが頷いた理由はただひとつ。こちらにその気持ちはないという意思をハッキリさせるため。

バイト仲間としては問題ないのかも知れないけど、恋愛感情を覚えることはない。好きだとどんなに繰り返されても、こればっかりはどうしようもないことをいい加減ハッキリさせたかった。

想われることについては、正直どうでもいい。やいやいくんが自分のどこを好いているのかなんて、聞かされたところでこれからの人生の参考になるところはないとも思う。

この告白はサックリと断り、普通のバイト仲間としてやっていければいい。そう考えていたイオナだったのだが。

空いている客室で二人きりになった途端。勝手にはにかんだまま、黙り込んでしまったやいやいくんを前に、深い溜め息が漏れそうになる。なにも言われていないのに、一方的に断る訳にもいかない。

言われる事柄がわかっていても、聞いてあげるのがエチケットというヤツだろう。

頭ではわかっているけれど、無言の時間は秒針が動くスピードまでも遅く思え、どうにも言いがたいプレッシャーを感じさせられる。

正直、先手を打って「ごめんなさい」と言ってしまいたい気持ちだった。

それでも──

(伝えることを諦めてるよりはマシなのかな…。)

自分がゾロへ想いを伝えることを避けているのは、今の心地いい関係が壊れるのを恐れてのこと。自分がかわいい故の選択だ。

そう考えると、これまでの関係が崩れてしまうことを厭わず、告白を繰り返そうとするやいやいくんは尊敬すべきなのかもしれない。

「あの…、俺さっ!!!」

ズンッと前に一歩を踏み出したやいやいくんの勢いに圧倒され、イオナは後退りしてしまう。

告白なんかはLINEや電話で済ましてしまいそうな雰囲気の、今時タイプの彼だけど、今日ばかりは本気が伝わってくる。

神妙な面持ちをするバイト仲間を前に、イオナは断りの言葉を脳内で繰り返す。断ろう。噛まないように、ちゃんと断ろう。と。

「俺、ずっとイオナちゃんのこと──『めんどくさがり、とっとと戻ってこい。』

「「え?」」

重要な台詞が紡がれる直前、インカムから聞こえてきた低い声に、向き合っていた二人は動揺する。

『聞こえてんだろ。返事しろ。』

それがゾロの声であることは間違いなく、めんどくさがりというのがイオナのことであることは確実だ。

(もしかして、探してくれてた?)

どういう理由であったとしても、ゾロが自分を探してくれていたかもしれないというのは嬉しいこと。

苦々しげな表情を浮かべるやいやいくんに対して、内心申し訳ないと思いながらもイオナはインカムのマイクのスイッチを押した。

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