一途な君のこと | ナノ

収束の裏で

イオナとゾロが帰宅したのち。

悔しげに表情を歪ませるやいやいくんに、エリカは肩を竦めて見せる。

「恋敵に塩をやってどーすんのよ。」

「別に俺は…」

「宣戦布告する気だったんだと思うけど、あんなやり方じゃ無理よ。それでなくても、イオナはゾロにベッタリなんだから。」

叶わぬ恋にもがく彼に同情しているのだろう。珍しく嘲笑のニュアンスが込められていない口ぶりで、的を射たことを言うエリカ。

けれど、やいやいくんはその優しさを素直に受け取ろうとはしない。

「イオナちゃんがそうだったとしても、ゾロはまた別だろ。」

「そうでもないでしょ。あれだけイオナにベッタリで、似合わないヤキモチまで妬いてんだから。」

やいやいくんにしては珍しい攻撃的な口調。イオナも罪深い女だと客観的に思いつつ、適当にあしらおうとするエリカだったのだが。

「俺、見たんだよ。」

「なにを。」

「昨日。アイツ女といた。」

「女?」

「美人で、大人っぽくて、おっぱいがすげぇでかい。全然イオナちゃんと違うタイプだった。」

おっぱいが大きいは余計だろう。

そう思う反面、マリが巨乳であった事実を踏まえてみれば、ゾロには巨乳趣味があるのかもしれないと疑えることになる。

「美人ってどれくらい?」

「エリカちゃんの10倍くらいっていうか…」

「あんた殺されたい訳?」

芸能人に例えるでもなく、数値で言い表そうとする彼の頭の悪さに頭痛を覚える。じっとりした目でやいやいくんを睨むが、彼は自分がなにをしでかしたのかをイマイチ理解してない風だった。

「ほんっとに美人だったんだよ。それでいて活発な感じがたまらなくって、ゾロも終始表情緩めてるっていうか…」

熱烈にゾロが連れていたという女性の良いところを語り続けるやいやいくん。彼はそうすることで、イオナを落としていることに気がついていないようだった。

もしイオナ本人が聞いていたなら、劣等感を刺激されすぎて憔悴してしまうかもしれない。今の彼女には絶対に聞かれてはいけない内容に、エリカのイライラが募った。

「だからなんなのよ。」

「だからっ!イオナちゃんはアイツにとってのキープなんじゃないかって。」

(コイツは…)

不器用ながらに熱心な訴え。やいやいくんは本気でイオナのことを好きなのかもしれない。それでも、言って良いことと悪いことがある。首を突っ込むにしても、やり方ってもんがある。

イオナ本人にそれを伝えなかっただけまだマシなのかもしれないが、それでもゲスな勘繰りは聞かされて気持ちが良いものではない。

「あんたがそう思うならそう思ってなさいよ。私はアイツが女と居たところを直接みた訳じゃないからなんとも言えない。けど…」

エリカは一番近い位置から、二人の歩みよりを見届けてきた。

チャラそうな見た目に反して不器用なゾロ。冷ややかなように見えて、人一倍温もりを求めているイオナ。

どちらかが一歩踏み込めば、もう一方が引いてしまう。みせられている方からすれば、じれったさに舌打ちしたくなるようなやりとり。

その一つ一つに、もっとも影響を受けているエリカは思う。

双方の気持ちに偽りはない。と。
嘘などあってはならない。と。

「──どっちにしても、イオナはゾロを選ぶわよ。バカみたいに一途なんだから。それより。」

エリカはやいやいくんに向けて、ひょいと手のひらを出す。

「持ってきてくれた?」

「……。まぁ、うん。持ってはきたけど…」

彼は辛辣な批判を受けることを覚悟していたのかもしれない。何事もなく話を切り換えられたことに驚きながらも、ポケットから銀行の封筒を取り出す。

「ほんとに、これいるの?」

「仕方ないじゃない。振込みしなきゃなんないんだから。」

「行くのやめた「なんで?」

食い気味に理由を問いかけられ、やいやいくんは沈黙する。その隙に封筒を奪い、その中を確認するエリカ。そこに普段の人を食ったような態度は見えない。

「なんでって、自分でもわかってんだろ?」

「なにが…」

「今の彼氏はエリカちゃんの趣味じゃない。」

普段なら「知った口を叩くな」と言い返せたところだろうが、図星を指摘されたエリカは押し黙る。

クリスマスにはねずみの国に行こう!そう言い出したのは向こうなのに、旅費は折半してほしいと言う。それどころか、ホテルの予約から新幹線の手配まで任されているのだ。

これまでのエリカならば、ビンタの一発でも食らわせて破局の道を選んだだろう。そこまでさせられて、黙っているようなタイプではないのだ。

やいやいくんはエリカのそういった自尊心に満ちた一面や、傲慢な部分をよく知っていた。男選びに身体の相性を優先させるが故、スピード破局を繰り返していることも。

エリカは彼に対して、恋人との関係におけるパワーバランス、全体図などは伏せていた。けれど、旅費が必要であることを聞かされたことで彼は違和感を覚えたのだろう。

「エリカちゃんは貢がれてないと不満なんだろ?それなのに、俺から金借りるとか…」

「なんなら貰ってあげてもいいけど。 」

「そんな!」

やいやいくんが顔色を青くするのは仕方のない話だ。彼から借りたのは、それほど大きな金額だった。

「私の身体、自由にしてもいいって言ったらどうする?」

「どうもするかよ!っつか、 誤魔化すな。」

封筒をポケットにしまったエリカに、なにを想像したのか顔を赤くするやいやいくんは食って掛かる。

そのやりとりは普段どおりのようにもみえるが、エリカの表情はどこか強張っていた。

これ以上、ボロを出したくないのか、彼女はやいやいくんに背を向ける。

「給料日あけたらちゃんと返すから。ありがと。」

手をヒラヒラさせながら、歩き始めた逃げの背中に向かって、やいやいくんはボソボソと投げ掛ける。

「あんまり、影響されない方がいいと思うんだ。」

「なにがよ。」

「イオナちゃんとゾロみたいなのに憧れてるのかもしれないけど…」

「………。」

「みんながみんな、あげただけの優しさを返してくれるとは限らないよ。」

どうしてこうも勘がいいのか。どうしてここまで勘がいいのに"イオナを諦められないのか"。ゾロの二股を疑えるのか…。

胸で蠢く不安をどうでもいい疑問でひた隠しにしながら、エリカは部屋を後にした。

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