一途な君のこと | ナノ

癒えない傷口

12月上旬。

イオナはエリカとカフェにいた。ここはいつもゾロがエリカに、サンドウィッチとフラペチーノを奢らされている店なのだが、イオナはそのことを知らない。

そして今日は彼女がエリカにそれらをおごっていた。

「寒くない?」

イオナは自分のマキアートを軽く混ぜながら訊ねる。すでに外はずいぶんと冷えるため、彼女の中にフラペチーノという選択はなかった。

それに対してエリカは「これじゃなきゃここに来た意味がない」と新作のフラペチーノを選択。余分にホットミルクを頼んだのは冷え対策なのだろうが、冷やしたり温めたりでは逆に腹を壊すのではとイオナは心配している。

「今は寒いけど平気よ。これからサンドウィッチも食べるし…」

「食べれば平気なんだ。」

「消化するにもエネルギーが必要だからね。」

そう言いながらも小さく身震いするエリカ。二人は店員から借りたブランケットを膝にかけているが、それでしのげるのは足だけだ。

この季節に内側から身体を冷やすのは、いかがなものなのだろうか。

そんなイオナの心配をよそに、彼女は黙々とサンドウィッチを食べフラペチーノを口に運ぶ。時々思い出したようにホットミルクを飲んでいるが、それでも見ている方まで寒くなってくる。

イオナの手は、無意識に温かなマキアートのカップを包み込んだ。

「新しいコートを買いたいんだけどね。クリスマスデート用に。」

ひとつ目のサンドウィッチを食べ終わったところで、エリカは唐突に口を開いた。いつも食べながら話をする彼女が、1つ目を食べきったということはずいぶんとお腹が空いていたということなのだろう。

「クリスマスデート?」

「そう。ネズミランドに連れてってくれるんだって。しかも、併設されてるホテルに泊めてくれるみたいでさぁ。」

「へぇ。」

「せっかくだからお洒落して行きたいでしょ?だから、節約してるの。」

「節約…。」

誰かに奢られることが節約ならば、ヒモやニートは最強の節約家と言えよう。エリカのおかしな主張にイオナは苦笑いする。

けれど、彼女は全く気にしない。

「せっかくのことだから喜ばせたいし、ちょっと派手な下着も用意しないと…」

「派手な下着って?どんな?」

「そりゃ、ちょっとエッチなヤツよ。エッチですっごくかわいいヤツ。あぁ、でも安っぽいのはダメよ。エッチなビデオの撮影じゃないんだから。」

彼女の中ではすでにどんなのを買う予定なのか決まっているのだろう。熱く語るエリカをよそに、イオナはゾロが部屋にくるようになってから用意した真新しい下着について考える。

当然のことながら、扇情的なデザインではない。華美な装飾もない。けれど、それなりに胸を大きく見せてくれる、可愛いデザインのものを選んである。

そうなりそうな時には、その中から選んで身に付けてるようにしていたのだが──残念ながら見てもらえたことは一度もなく、待っていろと言われてからは、身に付けてすらいない。

完全にタンスの肥やし状態のなっている下着たち。

それらが期待の現れであるような気がして、完全な空回りの結果であるような気がして、気恥ずかしさが拭えない。同時に、完全に脱がしてもらえるとわかっているエリカが、なんとなく羨ましく思えた。

イオナは小さく呟く。

「脱がされるために着るってのも、なんだか変な話だよね。」

別に彼女を皮肉った訳じゃない。それは、"脱がされることもない可愛い下着を、熱心に選んでいた自分"に向けた皮肉だった。

エリカはそれに気がついているのかいないのか。フラペチーノを啜った後、軽く身震いしながら言う。

「確かにそーよね。けど、だからって裸でいるわけにもいかないでしょ?寒いんだから。」

「冬だしね。」

「そーそー。夏は日焼けすると困るし。」

下着の話をしているのに、寒いもなにもないはずだ。エリカの少しズレた返答により、謎の結論に至る。イオナが可愛い下着たちも普段使いに卸してしまおうかと考えたところで、エリカが唐突に切り出した。

「どうして付き合わないのよ。」と。

「へ?」

「クリスマスになにかやるなら、付き合ってた方が効率いいでしょう?」

「なにもやらないんじゃないかな…」

「でも、あんたたち25日は休みでしょ?」

「だからって一緒に過ごすとは…」

イオナとゾロのシフトは11月分同様、エリカが勝手に揃えてしまった。

しかも、クリスマス当日を休みにしてある。バイトがない日にわざわざ会うようなことをしない二人にとって、それは別々に過ごすことを意味していた。

「アイツの誕生日は祝ったんでしょ?」

「祝ったってほどじゃ…」

「でも、一緒にご飯は食べた。」

「うん。」

「じゃあ、クリスマスはお酒を飲めばいい。アイツだってアルコールが入ってれば、そんな気分にもなるでしょ?」

エリカはすました顔で言ってのける。まるでそれが簡単なことであるかのように。

「いやっ。でも、それは…。」

言いたいことはわかる。「いい加減、付き合えよ。それが出来ないなら、既成事実を作って追い込めよ。」ということなのだろう。

けれど、ゾロは「待ってろ」と言った。
いつまでとは言わなかったが、「待つ」と約束してしまった。

それを言い訳にしてはいけないのかもしれないが、勝手に追い込みをかけるとはいうのはどうなのだろうか。

イオナは俯き、黙り混む。

そんな彼女に声をかけたのは、エリカ。ではなく、イオナより7、8歳歳上とおぼしき、スーツ姿のサラリーマンだった。


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