一途な君のこと | ナノ

地雷は踏むな

「エリカ、お前結構な喘息持ちだったよな。」

余計なことを説明してはぐらかされても困るため、ゾロはひとまず持病について訊ねた。すると、電波の向こうで彼女は唸るような低い声で答える。

『だからなに?通院費負担してくれんの?』

「なんでそーなるんだよ。金の話じゃなくて、喘息の奴の意見が聞きたくてな。」

『喘息の奴の意見?なに?医学部にでも通うの?無理でしょ、いきなりそんな…』

「だからなんでそーなるんだよ。」

やっかいだ。非常にやっかいだ。ゾロはあまりのめんどくささに、後ろ頭をボリボリと掻く。やいやいくんをあしらうだけでも大変だったのに、エリカまでこんなだと気が重い。

全く会話の進みそうにないこの状況に、半分嫌になりながらも、ゾロは言葉を続ける。

「気管支の弱い奴が、薬やるとどうなる?」

『薬?かぜ薬なら普段から飲むけど?』

「そっちの薬じゃねぇよ。」

言葉を濁そうにもダイレクトにいかないと伝わらないだろう。ゾロは口にするのも嫌だと言いたげな苦々しげな表情を浮かべる。

「ドラッグとか、ハッパとか。いろいろあんだろ。非合法な奴が…」

『あぁー、そっちかぁ。』

なんでそこでテンションが上がるんだ。頭を抱えたくなったゾロをよそに、受話器の向こうの彼女はとんでもなくノリノリな調子で話し始めた。

『やったことないからわかんないけど、わりと大丈夫なんじゃない?私みたいに気管支弱すぎるなら、注射とかシートにすればいいだけなんだし。なんか脱法ハーブがあちこちで流行ってるみたいだけど、なにが楽しくてやってんだか…』

「じゃあ、やったことないんだな?」

『なによ。私がシャブセックスにハマるような淫乱売女にみえるわけ?なにそれ。相当失礼なんですけど。』

「違うわ。つーか女がそんなサラッと…」

ゾロは額を押さえつつ、ケバい女のスタッフが広めた噂のことを話して聞かせる。電話の向こうの怒気が上がってきていることを理解しつつも、あえてエリカの名前まで出していることを噛み砕いて説明した。

『へぇ。私が、乱交に引接…。』

「俺からはなんも言ってないからな。」

『なに言ってんの?なんにも言わなくていいし、しなくていいから。喧嘩売られてんのは私でしょ?せっかく売り付けてくれたんだから買い取らないと。まぁ、どうせ安物だろうけど…』

「なんでもいいけど、イオナは巻き込むなよ。」

『巻き込むわけないじゃない。あの娘がいたら足手まといだし。っていうか一騎当千タイプだから、私。仲間や援軍なんて必要ない。』

落ち着いた声のトーンと、冷ややかな口調。それが静かな怒りであることを知っているゾロは、余計なことはそれ以上言わず電話を切った。

「ねぇ、エリカちゃんなんだって?」

「生殺与奪だと。」

「せいさ…よだ?」

「せいさつよだつ、生かすも殺すも、与えるも奪うも思いのままっつー意味だよ。」

「え?エリカちゃん、そんな難しいこと言ってたの!?」

「いや、俺が今要約した。」

「へぇ…。」

一気に静かになったやいやいくんに、ゾロはジットリとした目を向ける。案の定、彼はスマホを取りだしており、「せいさ、つ、よだ…」とぶつぶつ唱えていた。

(付き合いきれない。)

ゾロは呆れたように首を左右に振ると、重い腰をあげる。ダルくて仕方のない身体をしっかりさせるため、大きく伸びをすると小さなアクビが溢れた。

エリカいわく、イオナが噂のバーに通っていたことは事実らしい。ただ裏でやっている商売のことは知らないし、もし知っていたならば店に通うことをやめていただろうとも言っていた。

なにより、エリカはイオナと仲良くなった段階で、「あの店には深入りするな」と助言していたという。だからあり得ないと。

電話をしていた時は、何かヤバいことに巻き込まれているのではという不安から解消されたことに、無意識に満足していた。

だからこそ、それ以上の詮索はしなかったし、追求もしなかった。

けれど、冷静に考えてみると違和感があるのだ。

(なんでアイツは自分と店の関係を否定しなかった?)

話しているニュアンスから、エリカが何か危険なことに足を踏み入れているのではとゾロは考える。

「ちょっとゾロ、待てよ。これからについて…」

「女のことは女に任せとけ。俺らはなんの役にも立たねぇよ。」

「でもイオナちゃんは…」

「安心しろ、俺がいる。」

「な…」

「少なくともお前よりは頼りになるだろ。」

面食らったままフリーズするやいやいくんにむけて挑発めいたことを口にしたゾロは、覇気のない足取りで休憩室を後にした。
……………………………………………………

翌日。木曜日。

大学にいたエリカを最寄りのカフェに呼び出したゾロは、彼女の胸元がザックリと開いたセーターを前に深い溜め息をつく。

「お前、もうちょい露出控えろよ。」

「なに?私が心配?」

「お前の頭ん中が心配だ。」

直球過ぎる皮肉を受けても、彼女はシレッとした顔で、ゾロの財布で購入したサンドウィッチとフラペチーノの乗ったトレーに向かって「いただきます」と呟いた。その素振りはまるで、何も聞こえませんと言っているようで、思わず苦笑してしまう。

「で、呼び出しといてなんの用なわけ。」

「まずは食え。お前が食い終わってから話す。」

「なんでよ、聞くだけなんだから食べてたって…」

「どうせ食いながら喋るだろ。今みたいに。」

前回同様、もぐもぐしながら言葉を紡ぐエリカに、ゾロはジットリとした目を向ける。けれど彼女はその視線を一切気にすることなく、「ここのサンドウィッチもおいしい」と満足げ。

「早く話さないと、イオナ呼んじゃうわよ。」

「出来ねぇことを言うなよ。」

「ほんとにそう思ってる?」

「あの店の話、イオナの前じゃ出来ねぇんだろ?」

一か八かだった。
もし、エリカが話しても平気だと言えば、これ以上の会話は引き出せない。それでも昂然たる態度を取るのは、そこを悟られたくないから。

ゾロとしては駆け引きしているつもりだったのだが、相手はイマイチそこに気がつかないのか、相変わらずモグモグしながら喋り出す。

「まぁ、話せないか話せるかって言われたら話せないわよ。だからこそ、イオナに来てもらってその話を流しちゃおっかなぁと思ってさ。」

「お前…」

「冗談、冗談。話すわよ。店のことも、私のこともイオナのことも。全部話してあげる。」

「嘘はなしだぞ。」

「隠すことはしても嘘はつかない。隠す予定なのは主に私の男性遍歴についてだけど、それでもかまわない?」

「─勝手に隠せよ。」

人をおちょくるようなエリカの態度に、多少なりとイライラしつつも、ゾロは彼女の言葉に耳を傾けた。


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