一途な君のこと | ナノ

ゾロは深い溜め息をつく。周囲からの視線はだいぶ落ち着いているが、席の近い女子高生が興味津々でこちらをうかがっているのは気配でわかった。

「とりあえず言わしてもらうけど─」

「なによ。」

「─俺とマリのことは切り離して考えろ。心配しなくても、アイツが俺に執着する必要はねぇんだよ。」

「なんで?」

「他に男がいるから。」

「………は?」

「アイツは常にチヤホヤされてなきゃなんねぇ性格なんだよ。俺が無視してれば、とっとと諦めてしれっとした顔で他の男を頼る。」

エリカは最初、意味がわからないと言いたげな顔をしていた。それでも最後まで聞ける頭はあったようで、全てを聞き終わった頃には、納得こそしていないがある程度理解できたらしい。

彼女は呟く。

「だっさ…。」と。

言われても仕方のないことだとわかっていても、腹が立つ。小さく舌打ちしたゾロに対して、エリカは遠慮しない。

「そんな女と別れたくないって騒いでたアンタってなんなの。ばかなの?」

「…ほっとけよ。」

「ほっとけないわよ。あんなハマってたのに、いきなりそんな簡単に別れられるなんて…。どうやった訳?黒魔術でもかけられてたの?」

「違ぇよ。けどまぁ、言霊に囚われてたんだろうなとは思ってる。」

「言霊って?誰の?」

「エリカに話してもわかんねぇだろ。俺の個人的なことだよ。気にすんな。」

「気にすんなって、ゾロ。あんた…」

「もう終わったことだ。俺にしてみりゃ、長い悪夢だったってことで終わらせてぇ黒歴史だ。」

「なによ。そんな簡単に忘れられる女のために悩んでたイオナってなんなの?そんな女と喧嘩した私ってどうなの?同等なの?まさか価値がない?」

「イオナには泣かれたし、悪かったと思ってる。あと、お前については知るかよ。」

「酷っ!」

「酷いってエリカ、お前な…」

「あぁー。いいわよ。わかったわよ。喧嘩ッ早い私がすべての責任被りますよ、ごちそうさまでした。」

なんだかよくわからないテンションで、彼女は両手を合わせる。気がつけば、サンドイッチはすべて食べ終わっていた。

そしてナプキンで口を拭ったあと、続ける。

「元カノのことは解決したけど。でも、やっぱ私はあんたのこと好きになれないかな。」

「今度はなんだよ。」

「だって、当たり前みたいな顔してんだもん。私が何度もイオナがあんたのこと好きだって言ってんのに。」

「は?」

「照れるとか、否定するとかないの?さも当然みたいな顔して受け入れてさ。なにそれ、どんだけモテるヤツ気取りなのよ、あんた。」

「あぁー。」

ゾロは呻く。あまりにもエリカが興奮していたため、それらについて受け流し過ぎていた。だからといってその事実を率直に伝えたところで、なんの挽回にもならないだろう。

「それは、あれだろ。」

なんとか言葉を探す。空になったカップから伸びるストローをジュボジュボいわせている、不機嫌そうなバイト仲間を怒らせない魔法の言葉を探す。

そして─

「そういう大事なことは本人から聞かねぇとわからねぇし、俺としては聞いてないことにしたいっつーか…」

はぐらかすにしては不器用な言葉を紡いでしまった。

「へぇ。じゃあ、あんたはイオナのこと好きなの?」

「それは今すぐ出さなきゃなんねぇ答えかよ。」

「あの娘、おっぱい小さいわよ?」

「いきなりなにを…」

「元カノのマリちゃんに比べたら、質素どころかあるのかないのかわからないくらい小さいわよ?」

「勝手に比較すんな。別にそこで女を選んでる訳じゃ…」

「ふーん。でも男なら"ない"よりは"ある"でしょ?」

「そりゃ0が1かって言われたら、1だろ。だからって、イオナが0と決めつける必要はねぇし…」

なんでこんなところでおっぱい論争しているのだろう。もしイオナ本人に知られたら、普通に泣かれてしまいそうだ。

それでもエリカは「イイコト教えてあげる」と得意気に言い、身体を前に乗り出してくる。良いことなんて無さそうだが、一応聞いてみることにしたゾロだったが。

「服着てるときより、脱ぐともう一回り小さくなるから。」

という言葉により沈黙せざるを得なかった。彼女は「ヤるなら覚悟しといた方がいいわよ。」 と笑うが、身近な女の子のコンプレックスを教えられて萌えない訳がない。

「なに妄想してんのよ。変態。」

「妄想なんてするか、ばーか。」

「うそ、ほっぺ赤くしちゃって。最低。痴漢。」

「話を振ってきたのはお前だろーが。」

これまでイオナにそういった目を向けたことがなかっただけに、あえてピックアップされると照れる以上の、なにかこう心地の悪さみたいなものが生まれてしまう。

次に会ったとき、そこにばかり視線が行ってしまうのではないか。そう思うと、頭を抱えずにはいられなかった。

「で、話しはもう終わりか?」

ゾロは小さく訊ねる。今日は散々酷いことを言われたが、一番のダメージは胸の話だろう。無意識の内に、こめかみの辺りが痙攣する。もちろんそれは怒りとはまた別の感情のせいだ。

「イオナのことどうする気な訳?」

「別に。今まで通りだろ。」

「本気で言ってんの?」

「まだ別れたとこだしな。アイツと寄りを戻すことはないにせよ、焦って進め過ぎるのもよくねぇだろ。俺だけならともかく、イオナだって戸惑う。」

もし、エリカが話していたことがすべて本当だとしたならば、今の関係のままでは誰かに持っていかれてしまうかもしれない。

だからと言って、無理に一歩を踏み込んで、"男に関心のない"イオナに、逃げられてしまえば始めることすらもできなくなってしまう。

焦ることはない、着実に進めたいとゾロは思う。
同時に腹の内ではわかっていた。

自分が誰に対してどんな感情を抱いているのか。

「泣かしたらぶん殴るから。」

「だろーな。」

ゾロはそう呟いて席を立つ。サンドイッチとフラペチーノのごみがのったトレイを手に取ると、エリカもまた立ち上がった。

「あんたさ、たいして良い男じゃないんだから、あんまり自惚れないほうがいいわよ。」

「そんなこと俺が一番わかってるっての。」

皮肉にあきれ笑いを返すが、彼女の言いたいことはわかっていた。きっと信頼されていないのだろう。

「イオナは確かに遊んでたかもしれないけど、でもあんたに遊ばれて耐えられるほど丈夫じゃない。だから…」

「まあ、ゴタゴタ言わずに見てろって。」

どうしてエリカがここまでイオナに入れ込むのかはわからない。ただ、言いにくそうに言葉を紡ぐ彼女を見ていて思った。

本当に心配しているんだと。

エリカの言っていたことについて、まだ信じられない気持ちも多少はあるが、どちらにしても自分の気持ちは変わらないだろうという自信がゾロの中にはあった。


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