一途な君のこと | ナノ

やいやいくん×2

スマホをテーブルに戻した彼は、ひどく眉を寄せている。もうすぐで逢えるのだから、彼女さんももう少しお手柔らかにしてくれないだろうか。

全くの部外者でありながら、イオナはそんなことを考えながら彼のスマホに視線を落とす。画面を伏せて置いてはいるものの、相変わらずピカピカと点滅している。

元彼を思い出し、思わずイラッとしてしまった。

好きな相手からの連絡ならば、あのしつこさでも耐えられるのだろうか。

箸の先をくわえたまま、ぼんやりと考え込む。

相手が寝ているとき以外、自分の行動の全てを報告しなくてはならない。寝ているときのことも、朝方まとめて報告し、その日一日の予定ももちろん伝える。相手の納得のいかないことがあれば、予定は変更。

イオナは元彼からの要望を思い出し、小さく身震いする。

どんな要求においても、基本的には無視していた。それでも、向こうの一日の予定や現状報告は押し付けるかのようにひっきりなしに届いていた。

別れる前はもちろんのこと、別れてからもだ。

ロミオメールスレに投下してやろうかと思う程度には酷かった。本当に酷かった。

箸をくわえ、味噌汁椀を凝視したまま静止するイオナをみて、ゾロは苦笑いする。軽く身を乗り出すと、タコのある大きな手のひらを彼女の眼前でフリフリした。

突然、目の前に現れた大きな手。

イオナはハッとして現実に引き戻される。

「な、なに?」

「いや、目が死んでんなぁと思って。」

「追憶に耽ってた…」

「は?」

ゾロはまた可笑しなものを見る目をする。方眉を持ち上げて、なに言ってんだ?って顔をする。

その表情をみているうちに、元彼のことなんて頭の中から吹き飛んでいて、どうでもよくなっていた。

「ゾロはすごいと思うよ。」

「なんだよ、藪から棒に。」

「彼女に対して真摯に向き合っていて、本当にすごいと思うよ。」

イオナは真面目な顔で抑揚なく口にする。どんな言い方をしたところで、ゾロは照れるだろうと考えていた。

でも違った。

「そんな機械的に言われてもな…。」

素っ気なく言いながら、予想通り彼は目を伏せる。でもその表情は照れではなく、憂い。なにか疚しいことでもあるような、後ろめたげな表情だった。

思わず勘ぐってしまいそうになるが、イオナはその衝動を抑え込んだ。

「機械的と言われたのは初めてだな。」

なに食わぬ様子で彼女は口にする。空気を変えなくてはと思ったのだ。

ゾロへ目を向けてしまわないように、 箸の先でマヨネーズをかけた千切りキャベツに豚肉を巻き付けながら続けた。

「わりと感情的な方だと思ってたんだけどな…」

「マジかよ。」

「え?」

「今だって真顔だぞ。」

ゾロは小さく吹き出した。それに合わせて顔をあげたイオナの顔を、彼はマジマジと見つめる。

いたずらっ子みたいな目にみつめられ、少しだけ照れる。いや、すごく照れた。

「なによ。」

「今、ちょっとだけ感情が出た。」

「出てません。」

「いやいや、出たろ?」

からかいを口にするときの彼はわりとしつこいらしい。グイッと顔を覗きこまれ、さらに目を伏せる。

顔はそんなに近くない。それでも、破壊力はある。心拍数が跳ね上がったついでに「彼女いるくせに。」などと、たわけたことを呟いてしまった。

「なんだよ、それ。」

「馴れ合いは御免よ!って話。」

誤魔化すのにやっとだ。ゾロはまた可笑しなものを見る目をする。今日だけで何度この目を向けられたことか。

嫌な気はしないが、今だけは少しだけ腹が立った。
けれど、その理由がわからない。

気を取り直しチラリと彼を伺うと、また頬いっぱいに食べ物を掻き込んでモグモグしていた。ふと、口が動く。

「彼女に逢えるの楽しみ?」と。

途端に彼は、「プッ」と吹き出した。
そのままゲホゲホと噎せこんで、口の中の米粒を次から次へと四方八方へと撒き散らす。

「な、なんだよ、いきなり。」

「汚い。」

「イオナが変なこと言うからだろ。」

「プッ、めっちゃ顔赤いよ?」

「うっせぇ。」

赤く染まった顔をそっぽに向けて、口を手の甲で拭う彼の姿に見惚れてしまいそうになり、慌てて布巾で飛び散った米粒を集める。

ここまで動揺されるとは思わなかった。

イオナが椅子から立ち上がったところで、廊下から誰かの足音が聞こえてくる。

特にそれに気を止めることなく、彼女はゾロの位置からは視角となっている洗面台に向かい、布巾を洗い始めた。

ドアがバタンと開く。
足音は1つ。

別に隠れている訳でもないし、様子を伺っているわけでもない。ただ雑巾を洗っているだけだと自分に言い聞かせつつ、イオナは耳をダンボにする。

「また飯作ってもらったのかよ。」

ずいぶんと不機嫌そうな声がゾロへと投げ掛けられる。その声には聞き覚えがあった。

ゾロが短く「あぁ。」と返事をすると、相手は少し食い気味に「お前、彼女いるだろ?」と問う。

二人とも自分と話す時より、酷く感じが悪いことに気がつき、イオナは眉を寄せる。男同士だから、愛想よくしなくてもかまわないということなのだろうか。

「んなこと、どうでもいいだろ。」

「あっちこちに女作んな。」

「そんなんじゃねぇから。」

少しだけ感情的か相手の言葉に対しても、ゾロは至って冷静だった。後ろめたいことなど1つもないからだろう。

ただ、イオナはムッとしていた。

ゾロにたぶらかされてなんていないし、口説かれてもいない。むしろしつこく絡んできているのはあんたの方じゃないか。

胸中でボヤきながら強く思う。

ゾロが大好きなのは彼女なんだと。
なにも知らないでよくも…、と。

頭にきたからと言って、感情的になるのはよくないことだと彼女は知っている。なにより、そこまで沸点は低くないので、こらえられるレベルのことだった。

こういう時、変に説明するのは逆効果。

イオナは誰にもバレないよう小さな音で舌打ちすると、その場から動くことなく、ゾロと彼の方へと顔だけを覗かせた。

いたのかよ!と言いたげな顔をしたスタッフに向かって、思いっきり作り笑顔で語りかける。

「なに食べたい?作ろっか?」と。

彼は、一瞬目を丸くして、その後、すぐに赤面。ハッと我に返ると、「いや、大丈夫!」と声をあげてロッカールームに消えた。

男はこう扱うのだ。

イオナがテーブルへ戻ったところで、彼はポケットにスマホを突っ込みながら休憩室を後にした。

ゾロはすでに食べ終わっていて、スマホへと視線を落としているが、申し訳なさそうにチラチラとイオナを伺い見ている。

原因はゾロじゃないのに…。

そう思うと胸が痛い。とにかくこの空気を変えたかった。

「俺は一途だ!って言い切ればいいのに」

「それバカっぽいだろ。」

イオナのしかめた顔をみて、ゾロは呆れたみたいに笑う。いつもなら、一緒になって笑えるところなのに、何故か今日はいたたまれない気分になった。

「先、片付けとくね。」

トレンチに空いた皿や茶碗を乗せ、イオナは立ち上がる。なんとも言えない表情でジッとみつめられ、さらにキツかった。

「俺も…」

そこでゾロの声は途切れた。
彼女が部屋を飛び出したからだ。

変な空気になってしまったことも、嫌なリアクションをとってしまったことも、足取りを重くする原因だ。

せっかく仲良くなれたのに。

自分で関係を悪くしてしまった気がして、勝手に傷つく。もちろん、ゾロからすればどうでもいいことであることくらいは理解していた。

パントリーへと向かう途中、厨房の前を通りかかるとさっきのスタッフの声が聞こえてくる。

「やっぱ、あの二人出来てんのかな…。」と。

中を覗くともう一人、別のスタッフがいた。そのスタッフは冷やかすような口調で言う。

「確実に食ってるだろ。じゃなきゃ、あんな…」

いてもたってもいられないとはこのことなのだろう。

気がつけばイオナは厨房の出入り口に立ち、口を動かしていた。

「彼女に逢うために連休欲しいって、あの人は言ってたんだよ。そんな人とヤるわけないじゃん。」

さっきの彼からは本日2度目の「いたのかよ!」の顔をいただいた。もう一人のスタッフは、罰の悪そうな顔でどぎまぎしている。

「もう茶化すようなこと言わないで。めんどくさいから。」

二人を交互に見据えながら笑顔で言葉を続けると、何故か二人からいたわりのこもった目を向けられる。なんなのよ。そう言って食器を叩きつけてやりたい気持ちになった。

冷やかしの言葉を口にしたスタッフは、沈黙に耐えられなくなったのかその場を後にする。残されたやいやいとしつこいスタッフは、躊躇いながらもイオナの正面に立った。

「ご、ごめん。イオナちゃん。」

「別に、怒ってないけど?」

そう言って気がつく。自分が怒っているのだと。

「あの…」

なにか言おうとした彼を無視して踵を返す。自分はいったい何に対して怒っているのだろうか。

イオナ自身もわけがわからなかった。

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