思う存分泣いたからだろうか。しばらく泣きじゃくっていたイオナは、次第に泣き声を弱め、虚ろ虚ろし始めた。泣きつかれて眠るなんて子供みたいなことをするタイプとは思えないが、熱を出していたせいだと考え、無理矢理自分を納得させた。
ゾロはギュッと抱き締めていた腕の拘束をわずかに緩め、イオナの寝息を確認する。普段とかわらぬ落ち着いた呼吸のリズムに交ざるのは、小さくしゃくりあげる音。大人らしさとあどけなさの同居するそれは、聞いていて嫌なものではない。
けれど、だからといって、一切の不安がない訳ではなかった。
どれもこれも全部、高熱のせいだ。
そう決めつけてしまえば、何もかも解決するだろう。けれど、それだけでは根本的な何かが足りないような気がする。繰り返してしまうことになるような気がする。
突然泣き出したかと思えば、子供のようにボロボロと涙を溢し始めた。いったいなにがきっかけになったのかはわからないが、その異常性に気がつけないほどゾロは彼女を知らないわけではない。
イオナから突き放されるのは初めてのことで、若干傷ついたがそれ以上に驚きが上回った。なにより、号泣しながら絞り出すように「大丈夫だから」と繰り返されたところで、「はい、そうですか。」と置いて帰れる訳がない。
結果、出来たのは抱き締めることだけ。
それを拒まれればさらに傷ついただろうが、言葉のわりにイオナは抵抗しなかった。それどころか、身を寄せていたようにすら思えた。
ほんとにガキみたいだったな…
一瞬、マリの発狂を思い出すが、彼女のそれがワガママを通すための傲慢からきているものであるのに対して、イオナの『それ』はなにかまた違って見えた。
「薬、飲ましそびれたな…」
コタツの上に置かれたままの薬の瓶。蓋もまだ明けっぱなしなのだが、ゾロはそれに手を伸ばさない。
なんとなく、イオナから身体を離してはいけない気がしたからだった。
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翌朝。
繰り返される規則正しい呼吸音。水槽のぶくぶくの振動音と、寝返りを打つ度に聞こえる布の擦れる音。
ゾロは眠こけるイオナの髪を撫でるついでに、その額から冷却シートを剥ぎ、手のひらを当ててみる。どうやらすでに熱は引いているようで、顔色も悪くない。
せっかく買い出しに行ったのに、体温計を買ってこなかった理由は簡単で、彼女の部屋にあると思っていたから。買い出しから帰ってきた時に、初めてそれがないことを知った。その時こそ、確認してから行けばよかったと後悔したが、こうも熱の下がりが早いのだから必要なかっただろう。
カーテンの外はずいぶんと明るく、すでに朝日が昇っていることは理解できた。
「大学どうすんだろ…」
ポツリと呟いたゾロは時計をうかがい見る。短針は9を差しており、長針はそのとなりでひっそりとたたずんでいる。
ゾロは4回生のため、取っている講義もそこまで多くない。反対に、一回生のイオナはしっかりとコマを埋めていた。
講義によっては休みすぎると単位が取れなくなるものもあるためか、比較的真面目に大学に通っていたイオナを知っているだけに、今起こすべきか迷う。
ゾロはゆっくりと身体を起こす。
冬の乾燥のせいか喉が渇いていた。
サイドボードにおいていたスポーツドリンクのストローを抜いて、飲み口に口をつける。半分ほど飲み干したところで、玄関の辺りから水槽の投げ込み式フィルターとは異なる振動音を聞いた。
彼女を起こしてしまわないようにベッドを抜け出し玄関に向かう。振動の招待はイオナのバッグで、その中でスマホの画面が鮮明に光を放っていた。
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