忘れ物『留守番してろ。』
そう言い残して居なくなったのはゾロ。
そのまま居なくなったのはみんなの方なのに、ほったらかされた私は淋しくて仕方がなくて。
バラバラになってしまった、仲間を待ってる必要なんてなかった。
戻ろうと思えば普通の女の子に戻れたはずなのに、私はずっと待っていた。
みんなの帰りを待っていたんだ。
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2年後。
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「ま、まさかイオナちゃん!?」
「顔ばれしてないから逃げ切るもんだと思ってたわ。」
「2年間なにしていたの?」
「お前ぇ変わらねぇなぁ。」
口々に親しみを込めた言葉をかけられ、気がつけば懐かしい顔ぶれに取り囲まれていた。
みなが無事だったこと、無事に出航出来たことが嬉しくて、感極まってコクコクと頷くことしかできない。
「逃げた方がよかったんじゃないのか。」
申し訳なさそうに呟いたウソップの言葉に反応したサンジが、彼の頭にコツリと踵を降り下ろす。
「いてぇな、やめろよ。」
「お前はレディの決意に水を差すような…」
「んなこと言ったって、イオナは─。」
そこまで言ったところで、ウソップは口を閉ざした。彼の視線の先には、この騒ぎに感心なさげに水平線の向こうをみつめるゾロの姿。
もしあの瞬間にみんなと一緒にいたとしたら、きっと私は死んでいただろう。
そんなことは重々承知。
あの時、船を降りようとした私に"嫌な予感がするから"と船に残るように言ってくれたのはゾロで、
そのおかげで今、私はここにいる。
『えぇー。もし一人でここにいて、船攻められたらどーするの?』
『船に海軍が来たら、イオナは「捕まってた」とだけ言やぁいい。』
『海賊だったらどーするの?』
『しっかり隠れてたらいいだろ。バカか。』
『バカってそんな…』
『外から鍵かけとくぞ。なにがあっても自分の身を護ることだけは忘れるな。』
『ゾロなんか嫌い。』
『言ってろ。』
『バカバカバカバカ、バーカッ!』
『わかったから、利口に留守番してろ。』
子供みたいに不貞腐れていた。
部屋から出ていこうとするゾロの背中に向かって舌を思いっきり突き出した。
振り返った時、口元をわずかに持ち上げていたゾロは、私をみて吹き出して。
その笑顔が最後。
それから2年間離れてた。
戦力外だと思われていることもわかっている。むしろ、思わない方が不思議なくらい私は海賊船に乗るのに向いてない。
それを知っているからこそ、ウソップは逃げた方が…なんて言ったのだろう。
「ちゃんと挨拶してきたら?」
ロビンに促されてコクリと頷く。
出航から一度も意味のある言葉を口にできていないことを理解した上で、ゾロに声をかけるのなんて勇気の必要なこと。
それでも私は背中を押されるままに彼へと歩みよった。
「ゾロ…あの…。」
逢いたかった。その言葉が口から溢れそうになり、慌てて口をつぐむ。しょっぱなでそんなことを言ってしまえば、幻滅されるどころの話ではない。
もとより、ゾロの中に幻滅するほどの好感度があるのかも謎なのだけど。
ゆっくりと振り返ったゾロの視線が痛い。きっと怒ってるのだろう。
この船に戻ってきたことを。
「あのね、ゾロ…。私、レイリーさんのところでお世話になってて。トビウオライダーのみんなに私の居場所伝えてくれたのゾロだって聞いて…。お礼を…」
「礼とかいらねぇよ。閉じ込めたのは俺だしな。」
「でもっ。」
「強くなったのか?」
「え?」
「闘えるよーになったのか?」
「………。」
そりゃそうだ。ゾロがそこを気にしない訳がない。私があたふたしているのをフォローするのは、いつも彼なのだから。
それぞれ自分の身を守り、得意分野で周囲をフォローする程度が限界で、丸腰の私を護れるのはルフィかゾロかサンジくらい。
サンジはナミとロビンにべったりだし、ルフィはどこでも行方知れずになる。残されたゾロが子守り役をしなきゃならないなんてのはいつものことで。
ときどきフランキーがいい仕事したなと言われるくらいのもの。
自慢じゃないがほんとに私は立派な足手まといさんなのだ。
口ごもる私から視線を水平線へと戻したゾロは、襟足の辺りを押さえ大きな溜め息を一つ吐いた。
呆れた時によくするそれを聞かされ、シュンとしてしまう。
勝手に船に乗り込んでいたし、バタバタしているうちに出航だったしでなんとかついて来れたけれど、出航が落ち着いた状況で行われていたならば降ろされていたんだろうな。
そんなことを考えながら、ゾロと同じように手摺に手を添えて海を眺める。
泣いてしまいそうな気持ちを抑え、小さくなる島をみつめ─
「恐くねぇのか?」
「え?」
「また閉じ込められて置き去りにされるかもとか思わねぇの?」
「うーん。」
「強ぇ奴に殺されるかもしれねぇのに恐くねぇのか?」
確かめるように何度も尋ねられ、黙りこむことしかできない。
それは問いかけに肯定しているわけではなく、そんなことを考えることすらなかったために返答に困ってのものだった。
「楽天家だよな。」
「へ?」
「こっちは命かけて旅しようつってんのに…」
「…ごめん、なさい。」
「どーせ、今だって「あぁー。そっか。私死ぬかも知れないんだったぁ。」くらいにしか思ってないんだろ。」
酷い口調の真似方だ。
あからさまに頭の悪い奴の口調でそう言ったゾロは、手の甲で私の頭をコツリと小突く。
図星だった。
ただそうだと口にするのもあれだし、かといって何を言っていいのかわからないしで、やっぱり沈黙を続ける。
「黙ってねぇでなんとか言えよ。」
今度は頭のてっぺんにズシリとした重みを感じた。そして髪がワシャワシャと乱される。どころではなく、頭ごとグラングランと揺れてしまう。
「ふぁ!えぇー、えー!?」
相変わらずのバカちから。
その上、加減を知らないとは。
解放された時に感じたのは船酔いに似た脳のダルさと、頭部に強い刺激を受けたときに覚えるの奥のツンとした感じ。
「しゃんとしろよ。」
「えぇー。」
おもわずしゃがみこんだ私をみて、ゾロはケラケラと笑う。コメカミをおさえて嘆きつつもこの笑顔が好きだったんだとか自覚してみたり。
「ねぇ、目ぇ見えなくなっちゃったの?」
「秘密。」
「えぇー、なんで秘密?」
「誰にも言うな…」
「え…?」
「ほんとはビームがでる。」
「ビーム!?」
「嘘に決まってんだろ。」
「……ッ!!!」
ゾロからビームというのはアレだが、フランキーの例があるため有り得ないとは思えなかった。
信じかけたところで否定されたため、なんだか照れ臭い。誤魔化すように批判的な声を上げていると、ゾロがしゃがみこんだ。
視線が噛み合い、顔の距離がやけに近くなる。立っているときよりずっと近かった。
体温の上昇を感じる。手のひらにジワリと汗が滲むのに、手先は異常に冷たくて、照れと動揺で頭の中がこんがらがる。
「イオナ、おかえり。」
向けられた真っ直ぐな目。
目付きの悪さは直らなかったんだね。むしろ、悪化してるね。
でも、笑った時のその口元はかわってない。綻んだちょっとキザな口元から感じる、優しさは変わってなくて。
「えっと…。」
「おかえりつってんだよ。」
繰り返されるその優しい響きに胸が熱くなり、キュッと締め付けられる。
よかった。
帰ってきてよかった。
感情がたかぶり涙が溢れる。
溢れそうになるそれを慌てて手のひらで拭った後、小さく一呼吸。
受け入れてくれてありがとう。
その思いを込めて私は言った。
「た、ただいま…。」 と。
END.
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