ちょっと待ってチュンチュンと鳥のさえずりが聞こえて、柔らかなシーツが肌を擦る。肩に添えられた手に身体を揺すられ、ほんの少しだけ意識が目を覚ました。
それでも頭に残る鈍い痛みが、身体を起こすことを拒む。
「なぁ、起きろよ…。」
「やだ。もうちょっと…」
「ったく…。もうすでにちょっと経ってんぞ。」
「うぅーん。頭痛いの…」
「あんだけ飲んだらそりゃそーだろ。」
呆れた声の方に向かって寝返りを打つ。コツリ額にぶつかる人肌の温もりに、心地よさを感じてもう一度眠りに入ろうとして──
(ちょっと、待て!)
突如として訪れた違和感に、イオナはパチッと目を開いた。
(これ、誰?)
記憶を呼び起こそうとするけれど冷静さを失っているからか、鈍痛のせいか、ぼんやりとしたシルエットしか思い出せない。
たった2、3秒の困惑している隙に、肩を抱き寄せられる。その腕力に抗うこともできず、筋肉質な胸板に頬がペッタリとくっついた。
「女が一人で煽り酒なんて、危なっかしいにも程があるだろ。」
柔らかくて掠れた声。 その響きは遥か遠くの記憶の中にあって、同時に胸を掻き乱されたような──。
頭の中に漂っていたモヤが晴れ、甘酸っぱい記憶が蘇る。
しょっぱくて、ほろ苦くて─
「えぇっー!?」
「どーした?」
「いやいや、どーしたって。そんな…」
──大好きだった同級生の無愛想な視線。
「な、な、なんでゾロなの!?」
全力で腕を突っ張って、密着した身体を押し剥がす。視線を持ち上げながらそう声を上げると、彼は困ったように頭を掻きながら眉間にシワを寄せて言う。
「なんでって言われてもな…。」と。
(うわぁ、まずい。まずいことになった。っていうか、どうして。どうしてこんなことになったの?なにがどうしたらゾロと…、あのゾロとこうなるの!?)
記憶の中の彼と今ここにいる彼を重ね合わせて、全身から血の気が引いた。
片想いなんて言えば聞こえはいいが、ただ単純に勇気がなくて友達止まり。
卒業式に告白しようなんて悠長に構えた結果、卒業間際にかわいい彼女を作られ、告白してもないのに玉砕。
勝手に失恋して、勝手にひねくれて、卒業後、何度かあった連絡も全部無視しきた。
(それなのに…なんで!?)
大きな声をあげたせいで、余計に痛みを増した頭痛。二日酔い特有の胸の辺りのムカつきと、風邪とは異なる喉の痛み。
そのすべてを忘れてしまう程度の衝撃に、混沌としていた思考はフリーズしてしまいそうになっていた。
「つっーか、マジでなんにも覚えてねぇのか?」
「えぇっと…。」
「まぁ起きたならいいわ。俺、シャワー浴びてくるから、そこでゆっくり休んでろ。」
「あぁ、うん…。」
ゾロはすでに一度、身体を起こしていたらしい。サイドテーブル置いてあった水滴のついたペットボトルを差し出される。
「飲みかけとか気にしねぇだろ?」
「うん。ありがとう…。」
受けとる瞬間に、ほんの少し手が触れあっただけでビクリとしてしまう。
ぎこちない態度を変だと思われなかったか不安になったが、どうやら彼はそんなことには気がついていない様子。
なに食わぬ仕草でベッドから降りたゾロは、素っ裸のままシャワールームへと向かう。
その広い背中と引き締まったお尻に見とれてしまっていた自分に気がついて、イオナはブンブンと左右に顔を振った。
prev |
next