素直じゃないヤツ波の穏やかな昼下がりの午後。
芝生に仰向けに寝転がったゾロと、 そこから少し離れた位置に座りこみ分厚い本に視線を落とすイオナ。
潮風に揺れる芝生の上。のどかな雰囲気でありながら、それはどこかギスギスしていた。
「こっちこいよ、イオナ。」
ゾロが自身の隣をトントンと叩きながら声をかけると、顔をあげた彼女はチラリとゾロを一瞥し、「やだ。」と短く答える。
「なんでだよ。」
「別に。」
食い下がる彼に対して、ただ単調に放たれる冷たくて短い返事。それはゾロの心を深く抉る。
いつだって難しい顔をして、分厚い本を読んで、周りにはまったく関心を示さない。
それがイオナだ。
そうわかっているのに、つい声をかけてしまう。そのたびに突っぱねられて、素っ気なくされて、胸を痛めて。
それでも声をかけるのはイオナのことが好きだから。 惚れた弱味というヤツだろうか。
不器用なりにしつこいくらいに想いを伝えて、喜んでもらえそうなことはなんでもやって、やっと交際を了承してくれた。
そのわりには、彼女からの歩みよりは一切なく、相変わらず素っ気ない。それでも触れ合いを求めてあれやこれやとやってみるものの…
全てにおいて惨敗中。
今日こそは少しでも近づければと、さりげなく隣に腰掛けてみるけれど、肩を抱こうとすれば「くっつかないでよ!」と突っぱねられてしまう。
「別にいいだろ。読書の邪魔はしねぇよ。」
「─よくない。」
それでなくても仏頂面だったというのに、イオナは更に表情を険しくして立ち上がる。苛立ったその様子に一瞬怯むが、ここで引いてしまえばいつもとなにも変わらない。
船室に向かって早足で歩み始めた彼女を追いかけ、腕を掴んで呼び止める。
「ちょっと待てって…」
振り返った彼女の、不快感を隠そうともしない瞳。
「ゾロ、しつこい。」
冷たい声色と怒気の籠る視線に、呆気に取られる。すぐさま気を取り直すけれど結局は彼女の気迫に負け、手の力を弛めてしまった。
細い手首を掴んでいた手を振り払い、走り去るイオナの背中。
呼び止めたいのに、追いかけたいと思うのに、ただ見送ることしかできない。
また敗戦だ…。
自分の不甲斐なさに嫌になる。
「一体なんなんだよ。」
こんなに素っ気なくされて、それでも好きで、だからまた声をかけてしまって、苛立って、傷ついて…。
胸中を渦巻く感情は虚しさなのか、怒りなのか。
雑に頭を掻きながら項垂れるゾロに、たまたまそこに居合わせたナミが悪戯に笑いかける。
「諦めなさいよ、いい加減。」
「諦めるって。お前な…」
自分から押し付けるように想いを伝えて、ちょっとやそっと突き放されたからと関係を立ちきるなんてそんな理不尽なこと出来る訳がない。
「まぁ、続けてもいいのよ。散々振り回されてるあんた見るの、とっても楽しいから。」
「性格悪ぃな、マジで。」
「よく言われる〜。」
いったいなにがしたかったのか。茶化すようなことばかり口にしたナミは、手をヒラヒラさせながらこの場を立ち去る。
ばかにされっぱなしで気の収まらないゾロは、その背中に向けて小さく舌打ちした。
こんな毎日ではあるが、いつかはイオナの笑顔が見れるような気がしてない。あの素っ気ない態度には理由があるような気がしてならない。
肩を落とし、船室の壁に背を預けて座り込んだゾロはぼんやりと空を仰ぐ。
「どーすりゃいいんだよ。」
いっそ振ってくれれば楽になれるのに。
そう思う反面、別れ話を切り出されたとして自分の想いが絶ち切れるとは考えられない。
キスをしたい。いや、その前に会話をしたい。
ゾロの頭の中は、いつだって掴み所のないイオナのことでいっぱいだ。煩悩と言われればそれまでだが、こらえられないものは仕方なかった。
自問自答を繰り返す彼の頭上からロビンが声をかける。
「押しすぎるからいけないんじゃないかしら?」
突然話しかけられたことに驚き、「なんだ?」と間抜けた声をあげるゾロ。そのリアクションをみて、柔らかな笑みを浮かべた彼女は言葉を続ける。
「いつもいつも声をかけて、しつこく付きまとうから嫌がられるのよ。」
「付きまとってなんか…。」
そこまで口にしたにもかかわらず、言葉を詰まらせてしまう。
たしかに気持ちばかりが先走しってしまい、姿を見かけるたびに声をかけていたような気がしないでもない。
図星すぎる指摘に、思わず目を伏せる。素直すぎる彼の反応にロビンはなにを思ったのか、さらに言葉を投げ掛けた。
「思いあたる節がいろいろあるんじゃなくて?」
「………。」
「前から思っていたけど、あなたって夢中になると周りが見えなくなるタイプよね。」
ロビンの指摘は正しい。正しいからこそ腹が立つ。
「もういいから、あっち行けよ」
彼女は悪くないとわかっているのに、決まりの悪さからつい突き放してしまう。いつでも相談にのるわと言い放ったロビンを見送り、ゾロは再び空を見上げる。
流れる雲を目で追いながら「押さなきゃ自然消滅しちまうだろ。」と独り言を呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、女部屋にこもっていたイオナは枕をギュッと抱き締め自己嫌悪に陥っていた。
「あぁ、またやっちゃった。」
さりげなく近くに座ってあげているのに、さらに近づけだなんてそんなの─。
傍にいたい。
その気持ちが同じであることはたしか。
ただゾロの求める距離はずいぶんと近すぎる。
両片想いだと気がついたのはずっと前。
想われていることに満足して、自分の気持ちを伝えることなく過ごしていた。あっという間に言い寄られるようになって、好きの気持ちを伝えられて、断る理由はどこにもなかった。
ただ、
「どうすればいいの…。」
身体を密着させたり、気持ちを伝えあったり、そんなの出来っこない。
近くにいるだけでドキドキが止まらないし、照れ臭いしで、普通の会話だって成り立たないくらいなのだから。
思い出すだけでも照れ臭く、胸の高鳴りを誤魔化すように足の指をちょろちょろ動かしてみてる。
トレーニングしている姿を本を読んでいるふりをしながら見つめたり、昼寝してる彼の寝顔をこっそり覗き込んだり、それで自分は満足なんだ。
付き合っているんだから、もう心は繋がってるんだから、誰かに見せつけるようなことをしなくても─
「グイグイ来すぎなんだよ…」
充分なくらいゾロの気持ちは伝わっている。いや、伝わりすぎている。
緩んでしまいそうな口元を、赤面してしまいそうになる肌を、なんとかこらえるのでせいいっぱい。
鉄面皮を崩したら、醜態を晒してしまいそうだから必死で耐えているというのに。
「むぅ…」
ゾロが好きだ。大好きだ。
でも、この膨らむばかりの強い想いをどうやって表現すればいいのかわからない。
「嫌われてたらどうしよう…」
素っ気なくしてしまうたび、突き放してしまうたび、悲しげな彼の姿を目の当たりにするたび、不安で不安で仕方なかった。
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