モゴモゴなにか言いたげな表情で口ごもるイオナを前に、ゾロは渋面を綻ばせる。なんとなく不穏な空気が流れ始めると、もごもごしながら口ごもるのは彼女の十八番。
イオナはいつもこうなのだ。
言いたいことがあるなら言えと何度告げても、「なんでもない。」と視線を伏せてしまう。
これだけわかりやすい態度をとっておいて、なにもないはないだろう。そう思いながらも、それ以上言及しようとしないのは、イオナが悔しそうな表情を浮かべているから。
かまってほしくてそんな態度を取っているのではなく、感情を上手く表現できない自分に対する苛立ちからくる『無言』なのではないか。
気がつけばそんな風に捉えられるようになり、なんとなくそんなイオナに寄り添ってしまっている自分がいる。
「もうわかったよ。」
「………。」
「昼寝しようぜ。」
「………。」
「おい。イオナ?」
「今日がなんの日か覚えてないの?」
「なんの日?」
藪から棒に訊ねられても、なんの心当たりもない。記念日だったろうか。なにか約束していただろうか。思考を巡らせているうちに、イオナは額に手を当てて「はぁ。」と呆れたようなため息をついた。
「なんだよ。」
「無関心。」
「は?」
「ちょっと、無関心すぎると思うよ…。」
今にも泣き出しそうな弱々しい声で、それでいて呆れたニュアンスを含む口調でそう言われ、いよいよ頭を抱えたくなる。
イオナはよくこういった言い回しをする。わからない顔をしているのだから、察してストレートにきてくれればいいのに。困惑しているところに、フォークボールを投げられてもどうすることもできない。
どちらかと言えば、自分の方が『察して』体質なのかもしれないな。そんな風に考えながら、ゾロはイオナを真っ直ぐ見据えた。
「まじでわかんねぇんだけど…。」
「………。」
「いや、悪かったと思ってる。けど、そんな目で見られたって、思い出せねぇっつーか。」
「…誕生日。」
「は?……誰の?」
「ゾロの誕生日。11月11日はポッキーの日だけじゃないんだよ?」
「………あっ。」
誕生日という単語を耳にした瞬間、冷たい何かが背骨をなぞった。やってはいけないミスをした。と。
けれど、それが『自分の日』であると聞いた途端に、気が抜けてしまった。きっとイオナはその微妙な表情の変化にも気がついたのだろう。
「今、よかったって顔した。」
「し、してねぇよ!」
「忘れてた。ヤベェ。って顔した後に、なんだ。って顔した。ポーカーフェイスのつもりかもだけど、わかるよ。そういうの。」
「……人の心を読むなよ。」
「心じゃない。表情を読んでるの。」
淡々と呟かれる正論にぐうの音もでない。なにも言えずに口ごもっていると、「ばつが悪いって顔してる。」と笑われた。
「からかうなよ。」
「からかってないよ。ただ、思ったから言ってるだけ。」
「普段はもごもごしてるくせに…」
イオナは感情的にものを言うタイプでなく、一度言葉を呑み込み整理するタイプだ。
もしかすると、あの無言のうちに相手を的確に責めることのできる台詞を、探しているのかもしれない。
これまでは「わかってやっている」つもりでいたけれど、もしかしたらその逆だったのではないか。
読心されているような感覚に、むず痒い。
同時に思いあがりを恥ずかしく思った。
居心地の悪さに、クルリと身を翻す。子供っぽい態度を取っていることは理解できているけれど、それでもここに居続けるよりはいい。
大股で一歩を踏み出すと、イオナもちょこちょことついてきた。
「お誕生日おめでとう。ゾロ。」
「おう。」
「これからも大好きだよ。」
「………へぇ。」
お礼を言わなくては… 。頭ではわかっているのに、素直になりきれない。フイと顔を反らすと、イオナはクスクスと笑った。
まるで「全てはお見通し」と言われているようで、こっ恥ずかしい。心の内側をくすぐられるようなこしょばさ。乱暴に頭を掻くことで、暖色の感情を誤魔化した。
END
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