教えて!天気のいい日は昼寝に限る。
比較的温暖な気候の島に停泊中。
午前のうちにやってしまいたかったあれやれやこれやを終わらせたゾロは、 賑やかなクルーたちの買い物には同行せず砂浜にいた。
乾いた砂の上に仰向けに寝転がり、その横をとてとてと通過するヤドカリをぼんやりと観察。
そのとろくさい動きのせいか、はたまた午前の疲れのせいか、いい加減眠くなってきて「ふはぁ」と大きなアクビが出た。
(もう、寝るか…。)
ぽかぽかな日差しの下。
身体の内側から溢れる倦怠感から閉じかかった瞼。微睡みへと誘われるほどにそれは和らぎ、その心地よさで無意識に口元を緩めたまではよかったのだが。
「ねぇ、ゾロ。聞きたいことがあるんだけど。」
その声が聞こえたと同時に、ギュンッと意識が現実に引き戻される。戻ってきた倦怠感に不本意ながら、イラッとしてしまう。
「それ、俺じゃなきゃダメなことなのか?」
「うん。」
うっすらと片瞼を持ち上げただけ。低く唸るように呟いただけ。そんな素っ気ない態度のゾロに対して、何一つ不満はないのか、コクりと頷いてみせるイオナ。
逆光でその表情自体ははっきりとは見えないが、彼女の瞳が本気でなにかを探求したがっていることは十分に理解できた。
イオナはこの島に住む娘だ。
2、3日前に、ルフィと友達となったらしいのだが、ゾロはそこらへんを詳しく知らない。
ただ、人懐こく話しかけてくる上、ずいぶんと素直な娘なので、特に警戒していないというだけ。そのため、こうして昼寝を邪魔されるのは、喜べることではなかった。
「なんだよ。」
「えっとねぇ…」
緊張感をまったく感じさせない幼い振る舞い。それでいて、歳はナミと同じというのだから、どうしたものかと思ってしまう。
イオナは屈託のない笑みを浮かべる。それに乗じて、ゾロは怪訝な顔をしたのだが、彼女はまったく怯えた様子がなかった。
それどころか、満面の笑みをゾロへと近づける。
「おい…」
突然鼻先がぶつかり合う位置まで顔を寄せられ、ゾロは動揺する。
寝転がっている相手にここまで出来るということは、彼女はカエルがガラスを貼り付いている時のように、ベチョッと砂浜を這っているような体勢になっているのだろう。
「エッチ、気持ちよかった?」
「…………っ!?…なんでっ。」
「あの湯屋、私の職場だよ?」
「っ!?」
ゾロは午前中に脚を運んだ湯屋を思 い出す。
表向きは温泉宿であり、性的サービスは行っていないことになっている。
ただその「行っていないことになっている」ということ自体が、この島のうちでは『公然の秘密』となっているようなので『店に出入り=女を買った』と思われてしまうのは致し方のないことなのかもしれない。
けれど、問題はそこではない。
イオナは『行為』の感想を聞いてきている。性的サービスの提供はあっても、行為自体は『表向き』禁止になっているというのに─。
(なんでヤったことまで知ってんだよ。)
遊女との交渉次第で行為は出来る。
ゾロの選んだ女は最初から股を開く気満々だったので、なんとも言えないが、それでも島の皆に客の情報が駄々もれしているというのはおかしな話だ。
つまり─
嫌な予感がゾワリと背筋を撫でた。
ゾロは高速で湯屋での記憶を探り始める。
待機している女の中に、イオナのような娘は居なかったし、どの女もイオナより多くの歳を重ねていたように思える。
見習いのような子供も何人かいたが、その子たちは娘というよりずいぶんと幼く、やはりイオナのような女はいなかった。では─
ゾロはイオナを見上げる。
彼女は目をランランと輝かせていた。
「大丈夫。私はまだ処女なんだよ。」
「は?」
「店にはまだ卸されてないの。お目付けされてるから、まだしばらくは売らなくていいんだ。」
「お目付け人がいるなら、一生売らなくていいんじゃねェのか?」
「うぅん。違うの。お目付け人がほしいのは、私じゃなくて、私の処女膜なの。」
とんでもないことをすらすらと口にするイオナ。
ゾロは彼女の肩を押し、身体を起こさせると、それに合わせて彼自身も身体を起こし砂浜に胡座をかいた。
「それを俺に話してどうしろってんだよ。」
「別に。ただ、エッチって気持ちいいのかな?って思っただけなんだけど。」
「……。」
なんて答えろというのか。反応に困り、口ごもるゾロに対して、イオナはニコニコと続ける。
「姉さんたちはいつも"気持ち良さそうにしてる"のに、「あんなのは演技よ」っていうから。でも、"そんな風には見えない"し、もし言ってることがほんとならそんなの嫌だなあって。」
「見えないってまさかお前…」
見てたんじゃねぇだろな。そう視線で問いかける。イオナはペロッと舌を出して肩を竦めた。
「いい男が来てるって待機場がざわついてたから。どうしても気になっちゃって……。まさか知り合いだとは思わないじゃない?」
「………。」
誰かがヤっているところを見ることはあっても、自分がしている所を公開する趣味はない。羞恥心なのか、それとも呆れなのか、なんだかよくわからない感情が胸中でうごめく。
ゾロはじっとりとした目をイオナへと向ける。
「そんな目でみないでよぅ。すっごく綺麗なお尻だったなあって感心してたのに…」
「お前、どこまでみてたんだよ。」
「んー。最後まで?」
「……どこから?」
「脱ぐところから。」
なんでそんなことを聞くんだろう。イオナは不思議そうに答えるが、ゾロとしてはたまったもんじゃない。遊女とのあれやこれやを思い出し顔が熱くなる。
「俺だってわかった時点でみるのやめろよ!」
「ひぇ。ごめんなさい!」
声を張ったせいか、さすがのイオナも驚いたらしい。ビクりと身を震わせた後、両の手で頭を押さえて謝罪の言葉を口にする。
その姿があまりに幼稚で、目くじらを立てている自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
ゾロはわしゃわしゃと自身の頭を掻きながら、「もういいからそれやめろ。」となるだけ優しい口調で声をかけ、頭をかばう手をどけさせる。
「もう怒ってない?」
「怒ってねぇし、怒ってたとしても叩きやしねェよ。」
「………。」
信用できないと言いたげな表情をしながらも、手を下ろすイオナ。このアホくさい女に、熱心に腰を振っているところをみられたという事実は、なんとも言えない心の負担となった。
「で、俺に聞きたいことって…」
「だから、エッチってどうなのかな?って。」
キョトンとした顔で『行為の感想』を聞いてくるイオナを前に、ゾロは硬直してしまう。
とっとと会話を終わらせようと本題に戻したのはいいが、結果的に再度地雷を踏んでしまった。
真面目に答えるべきか。
それともはぐらかすべきか。
無意識に眉間にシワが寄る。
ふいにこめかみを押さえると、すでにそこは痙攣していた。思いきり深くため息をつき、イオナから水平線へと視線を逸らした。
「そんなの人それぞれだろ。相手が下手なら痛いだけだろーし、上手けりゃ楽しめんじゃねェのか。」
「相手次第…」
「……もう決まってんだろ。」
「うん。」
不安げ声で返事をされ、いたたまれなくなる。なにが悲しくて、覗き見していた相手に性指導を行わなくてはならないのか。
軽く死んでしまいたい気分になりつつ、ゾロは腰をあげた。
「不安がったってしょうがねぇだろ。腹ァ決めろ。」
「……でも!」
「なんだよ。」
「その人、海賊なんだよね…」
背を向けたにも関わらず、彼女は会話をやめようとしない。そんな図々しい性格に対して、強い苛立ちを覚えながらも振り返る。
イオナは泣きたいのか笑いたいのかよくわからない表情で、そこに立ち竦んでいた。
女の気持ちはわからないが、初めての男が海賊というのは怖いものなのかもしれない。処女だけ寄越せと言ってきているような相手なのだから尚更だろう。
ゾロは同情心から問いかけた。
「相手の名は?」
「私もよくは…わかんなくて。でも、鷹の爪だかなんだかって姉さん方が言ってたような…。おしゃれな紫の帽子を被ってて、変な髭で、大人っぽい香水の匂いがして。名前もあんまり覚えて…えっと、み、みほ…」
「………それ。」
イオナの説明が続けられるほどに、自身の師匠である男の姿を鮮明に思い出してしまう。その感覚が錯覚であってほしいと思ったが、最初の音が『み』であることを知った時点で確信してしまった。
「鷹の爪じゃなくて、鷹の目じゃねぇか?」
「あ、そういえば…」
「名前はミホークだな?」
「な、なんで知ってるの!?」
イオナは目を丸くするが、逆にその名前を覚えていなかった彼女にゾロは驚く。
しかし、それ以上に自身の師匠である男の『ちょっと特殊な性癖』を知るハメとなってしまったことに心を打たれる。
親のセックスをみてしまったときの、あのなんとも言いがたい感覚。情けないやら、恥ずかしいやら。
いろいろと心中は修羅場だった。
(人格者みてぇなツラして、なにやってんだよ…)
ひとつため息をついたゾロはイオナへと手を伸ばす。彼女はさっと身を引いたが、ゾロの動きの方が一歩早く、その細腕をあっさりと捕まえた。
「行くぞ。」
「え?どこに…」
「うちの船。ルフィたち呼び戻して、すぐに出航させる。」
「出航って…、私!」
躊躇いの言葉を無視して、どかどかと前進する。
ミホークに嫌がらせをしたいだけなのか 。
それとも不安げなイオナを救いたいのか。
自身を突き動かす感情が一体なんなのかもわからないまま、ゾロはイオナの腕をひいて歩きつづける。
ずんずん、どかどかと…
END
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