もう諦めた。仕方ないと受け入れた。
そうしないと壊れてしまいそうになるから。自分を嫌いになってしまいそうだから。
いつまでも服を着ようとしないイオナをどう思ったのが、ゾロはそれ以上なにも言わずヌクッと起き上がった。
散らばっていた女物の服を拾い上げ、俯いたままの彼女の頭に向かって放り投げる。気遣うつもりなど微塵もないという、意思表示なのだろう。
頭から衣服を被せられても無言のイオナ。泣くわけでも、怒るわけでもなく、ジッと俯いて動かない。何かを考えているのか。はたまた、考えることをやめてしまったのか。
反応のないことに呆れたような顔をしたゾロは、とっとと自分の衣服を身に付けると展望室を後にする。
はしごを降りる際、一瞬、なにか言いたそうな顔をしたのだが、当然ながらイオナがそれに気がつくことはなかった。
……………………………………………………
ゾロが展望室を後にしてどのくらい時間が経ったのか。照りつける太陽の光が、ガラス越しに肌を焼く。
衣服を身に付けたイオナは、窓際に添うように設置されたベンチに腰掛け、流れ行く雲を眺めていた。
二日酔いのせいなのか、心が沈んでいるせいなのか。食欲はまったくなく、それに合わせて気力も湧かない。閑散とした展望室の雰囲気に当てられ、喪失感は膨れ上がるばかりで、何が悲しくてどう虚しいのかもんからない。
それでも頭では理解していた。
諦めるしかない。受け入れるしかない。と。
記憶のないうちに処女を喪失。おまけに、その相手にめんどくさがられ、粗野な扱いを受けてしまって…
せめて大切にしてくれる相手だったならと思う。
嘘でも甘い言葉を囁いてくれ、形だけでも慰めてくれるような相手だったならば、どれだけ気持ちは救われただろう。
少なくとも、『すぐヤれてラッキーだったぜ。』なんて言葉を投げ掛けるような人でなければ…
そこまで考えて思い直す。
違う。そうじゃない。と。
「もともと価値なんてなかったんじゃないかな。」
イオナは力なく呟く。語尾をあげる疑問形のイントネーションでありながら、それが確信であるかのように、諦めたように。
まるで初めから理想など叶わないと理解していたような、恋が実ることなどないと気がついていたかのようなニュアンスで。
イオナはすでに『告白』を済ましていた。
船に乗り込んで数日で「大好きです。」と伝え、「ごめんね。」と断られている。それでも諦めきれず「好きでいてもいいですか?」と訊ね、「イオナちゃんが辛いだけだと思うけど…」と戸惑われた。
その日からサンジの態度はどこかよそよそしくなった。これまで均等に振り分けられていたはずの"余分な"優しさが、一切回ってこなくなった。紳士的な振る舞いはこれまでと変わらないのに、優しさの『質』が変わってしまった。
それを自覚していながらも、イオナはサンジを想い続けた。いつか応えてもらえるかもしれないとどこかで期待し、もう無理だろうと半分諦め…。
酔った拍子に関係をねだってしまったのは、そういった心の澱みが限界に至ったからなのかもしれない。
無意識のうちに、処女であるという重荷を捨ててしまいたいという衝動に負けてしまったのだ。
でも、だからといって─
「おい…」
唐突に声をかけられて目を丸くするイオナ。いつの間にか梯子を上がってきたらしいゾロが、仁王だって彼女を見下ろしていた。
どうやらトレーニングにきたらしい。
動きやすいようにか着流しから袖を抜いており、首からはタオルをぶら下げている。
「飯くらい食いに降りろよ。」
「うん…」
「クソコックが心配してたぞ。」
「あぁ、ごめん…。」
「俺に謝んなよ。」
特に関心もないのだろう。ゾロは呆れた顔をして踵を返した。筋肉質な分厚い胸板。ゴツゴツした背筋のラインは、イオナが憧れる細マッチョとはまったく異なる。
ゾロがイオナに関心を持てないように、イオナもまたゾロに興味を持てなかった。
窓の外へと視線を戻す。
太陽は更に高い位置にあった。空の眩しさに一瞬目を細めるが、瞳はその光量に直ぐに慣れる。さきほど目で追いかけていたはずの雲は、その後ろから現れた大きな雲に取り込まれてしまっていた。
「とっとと失せろよ。」
「え?」
「気が散る。」
素っ気ない態度のゾロ。彼はすでに険しい表情でダンベルを持ち上げていた。イオナは渋々立ち上がる。まだ傷口は痛むが、いちいち顔をしかめるほどの痛みでもない。
それでも足取りは普段よりずっと慎重なものになる。
梯子に足をかけたイオナに、ゾロはまた一瞬、何か言いたげな顔をした。けれど、やはりそれ以上がうまれない。
思うところがあるのか、苦虫を噛んだかのような渋い顔をするゾロ。彼の代わりに口を開いたのはイオナだった。
「ごめんなさい。」
「は?」
「邪魔してごめんなさい。」
「別に俺は─」
ゾロが何か言いかけるが、その続きを聞くことなく、彼女は梯子を降りてしまう。ゾロは苛立たしげに舌打ちするが、もちろんイオナはそれに気がついていない。
to be continued
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