ゾロ短編 | ナノ


バタンとドアが閉まる音と共に、ゾロの姿が見えなくなる。イオナは身体を横たえたまま、小さく息を吐いた。

(やっちゃったんだよね…)

たしかに気だるさはあるけれど、それが二日酔いのせいなのか、情事のせいなのかはわからない。

ただ男女が裸で寝ているなんて、つまりは"そういうこと"だろう。

古傷を抉られているだけあって、精神的にくるものがある。それでなくてもグダグダたった初恋の思い出に、泥を塗りつけてしまった気分だ。

でも、思うのはそれだけじゃない。

(やっぱかっこいい…)

あの頃でもすでに充分凛々しかったゾロは、より一層逞しく雄々しくなっていた。

そんなことを考えている場合ではないとわかっていても、胸が熱くなるのは押さえられない。

理性があるだけに、生理現象の威力に羞恥心を掻き混ぜられる。

(なんで、やっちゃったかな…)

酒の勢いでやってしまうというのは、尻軽女であると吹聴しているようなもの。知らない誰かならともかく、共通の知人もいる相手、しかも好きだった人なんて…

(私、ほんとにバカすぎる。)

そうして気を落としている最中にも、ぼんやりしていた昨日の記憶が徐々に色を取り戻し始めていた。

恋人の浮気が発覚して別れ話。
別れる気満々だったはずなのに、涙ながらの謝罪に情が働いて許してしまった。

すでに飽和状態の恋人に対する不信感と、納得出来ていないまま『和解』してしまったことに対する自分への苛立ち。

それをなんとかしようと一人で飲み歩いていて、初めて入ったbarでゾロをみかけて──。

「絡み酒とか最悪だ…」

なにをどんな風に話したかなんて覚えていないけれど、きっと酷い姿を晒してしまっている。

あの状況から予測できる範囲だけでも充分最悪だ。

自分の態度に情けなくなり、身体が沈むほど柔らかなベッドで丸くなる。

さっきから聞こえていた鳥のさえずりは、どうも頭上にあるスピーカーから聞こえているらしい。

なんだか小鳥にもバカにされている気がして、悔しくも思えた。

(っていうか。これ、浮気なんだよなぁ…)

浮気を許した。つまり、交際は継続していた訳で、それなのにこうして恋人以外と身体の関係を持ったわけで。

普通ならば、今の彼との関係とこれからの修羅場について考えるべきなのだろう。

頭ではちゃんと理解していたにも関わらず、考えてしまうのは…

「ゾロって、彼女いるのかな…」

卒業前に付き合っていたアイドル並みに可愛い後輩の顔が頭に浮かび、胸を潰されるような懐かしい痛みを思い出す。

(あぁー。ダメだ。立ち直れん。)

古傷に根性焼きした挙げ句に、そこに塩を塗り込んで、針を突き刺しているようなものだ。

考えるほどに胸が苦しく、同時に情けなくもなる。

その感情をどうすることも出来ず、ベッドの上で頭を抱えて悶えていると、ドアの開く音が聞こえた。

足音の方に視線を向けると、首からタオルを引っかけた、ボクサーパンツ姿のゾロの身体が目に入る。

筋肉質な胸板。美しく割れた腹筋と、弛みのない下腹部。浮き上がる寛骨とそれにより生じる窪み。それがやけに色っぽい。

この身体に抱かれたのかと思うだけで、身体の内側から熱が沸き上がる。火照ってきた顔にペットボトルを押し当てるけれど、それはべちょべちょなだけですでにぬるくなっていた。

「なんか、思い出したか?」

「再会したとこくらいまでは…」

「まじかよ。」

あきれたようにゾロはぼやく。
言われなくともわかるが、いろいろあったのは確かなのだ。

思い出せないと言われたら、呆れるしかないのだろう。

ほんの数秒の無言。
それがやけに居心地悪い。

「私もシャワー浴びてくる!」

のそっと身体を起こし、裸の身体にシーツを巻き付ける。

下着くらいに身に付けておけばよかった…。

床に散らばっている衣服がやけに現実的で、普段使いの下着がやけにダサい。

なにもかもが残念に思えて、目頭がカッと熱くなった。

せめてヤってるときの記憶さえあれば、しばらくはそれだけで明るく生きていけそうなものだが──さっぱり覚えていないので、恥のかき損である。

ゾロの横をすり抜けて、シャワー室に向かおうとしたところでガシッと腕を掴まれた。

「待てよ。」



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