夕飯の時間。
いつもなら必ず隣に座ってくれるゾロが、今日は離れたところに座った。たったそれだけのことで、イオナの心は激しく揺さぶられる。
なんで?どうして?を繰り返さなくても、心当たりは充分にあった。昼間のやり取りで、とうとう嫌われてしまったのかもしれない。
込み上げる感情を押し込め、顔に出ないよう表情を堅くする。
目が合ってもいつものように微笑んではくれず短く「よう。」と口にするだけ。言葉を発すると泣いてしまいそうで、うん。短く返事をして視線を伏せた。
苦しい。胸が苦しい。
はち切れてしまいそうなほど胸が痛む。
そのせいか食事が上手く喉を通らない。美味しいはずの料理に味を感じられず、食べきれそうになかった。残すのは申し訳ないから頑張って食べようと思うのに、フォークを口に運ぶ作業すら億劫に感じられ…
前に食べ残しそうになった料理をゾロが皿ごと引き取ってくれたことがあった。不意にそんな出来事を思い出し、涙が込み上げてくる。
また声をかけてほしい。
食ってやるよと笑ってほしい。
胸中で何度も訴えるけれど伝わる訳がなく、結局は隣に座っていたルフィが気にかけてくれ、皿ごと引き取ってくれた。
お礼を告げるとむしろこっちがありがとうだ!と彼は笑う。自分もこんな風に素直に気持ちを表現できたらと思うけれど、もって生まれた性格がそれを許さない。
視線を感じそちらへ目を向けると、そのタイミングでゾロが目を伏せた。
目すら合わないもどかしさ。
押し寄せる不安と痛みが涙を誘う。それでも、気持ちを伝えるより、表情を変えないでいることのほうが楽だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食事が終わりイオナが席を立つ。
キッチンで煙草をふかすサンジにお礼をいい、流しに空になった食器を持っていく。
ゾロは無意識にそんな彼女を目で追っていた。
このタイミングで声をかけなければ、明日までチャンスはないだろう。それでも、ロビンに言われた言葉を思い出し、呼び止めたい衝動をなんとか押し込めた。
なにを考えているのかわからない鉄面皮。話しかけにくいオーラをまとった彼女は、ドアの前で一度立ち止まる。
そして、なにか言いたげに振り返った。
(視線が噛み合った?)
まるで呼び止めろとでも言いたげなその目配せに、彼は緊張を覚える。それと同時に、勘違いかもしれないぞ。と警告が鳴った。
どうするべきかゾロは迷う。
ほんの2、3秒の考察時間。
すぐにでも追いかけたい衝動を抑え、求められているものは何かを考え抜く。
あまりに考え事に夢中になりすぎて、手に持っていたコップを取り落としてしまいそうになる。慌てたゾロは、それを掴み直すために彼女から一瞬だけ目を離した。
指先で弾かれるコップ。なんとか両の手で掴まえ、すぐさま視線を戻すがイオナはすでにそこにいなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
女子部屋に戻ったイオナは、ベッドに向かって倒れ込んだ。
「やっぱり嫌われちゃったのかな…」
わざわざ声をかけてもらえるように立ち止まり振り返ったのに、ゾロは目を伏せてしまった。いつものように追いかけてきてもくれなくて、明らかにいつもと態度が違って。
謝れば許してくれるだろうか。また好きだと言ってくれるだろうか。でも、謝るって何を?
素っ気なくしたこと?イチャイチャしないこと?
もし謝って、許してもらえたところで─
彼が求めることを全て受け入れられるのだろうか。好きでいてもらうために、今まで出来なかったことを我慢して乗り越えて…
イチャイチャするの?ベタベタするの?
盛りの猿みたいに…
そんなことを考えているうちに、悲しい気持ちが苛立ちに変換されていく。
そんな簡単に身を引けるくらいゾロの気持ちは軽いものだったのだろうかと。
なんで勝手に諦めるのよ。嫌になったならそう言ってくれたらいいのに。冷たくあしらわれて、腹が立ったのかもしれないけど─
「私だって苦しいのに…」
その呟きが感情の起爆スイッチだった。
なんでわかってくれないんだろう。
どうして気持ちが伝わってないんだろ。
ちゃんと言葉にしていないから?
そんなの付き合ってるんだから必要ないよね?
私たち恋人同士なんだよね?
だったら、だったら─
「あぁ!もうっ!なんなのよ!」
悪いのはゾロじゃない。
これは完全なる八つ当たりだ。
そうわかっているのに、込み上げる不満を、押し寄せる不安をぶつけなくては気がすまず、勢いで部屋を飛び出した。
向かった先はもちろん──
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