不完全燃焼「うるさい!放っておいてよ!」
不意に伸ばした手を払われる。棘のあるイオナの態度に、ゾロは舌打ちした。髪に埃がついていたのを取ってやろうとしただけでこれだ。いつものことながら、その狂犬っぷりにはほとほと愛想が尽きる。
もともと愛想のいい顔などしていないゾロは、更にその表情を険しくした。けれど、それ以上に険しいイオナの表情からは、呆れるほどに苛立ちが伝わってくる。
「言ってくれれば埃くらい自分で取れる。わざわざ触ろうとしないでよ。スケベ。」
「はあ?」
「あんたみたいなタイプが一番苦手なの!」
イオナは顔も見たくないと呟き、フンッと顔を背ける。きっと最大限の怒りを伝えたかったのだろうけれど、その態度はあまりに子供っぽすぎた。
スケベだと罵られたにも関わらず、ゾロは思わず吹き出してしまう。ただ、暴言を吐かれるだけならたまらないけれど、イオナのそれは本心には聞こえない。
どちらかと言えば、自身の感情を混ぜッ返すためだけに放たれている、台詞のように取れた。
「お前、結構俺のこと好きだろ。」
「は?なんで?」
「ほんとに嫌いな奴の前で、そんな風にそっぽ向いたりしねぇだろ。」
普通、嫌いな相手を前に隙を見せるような真似はしない。ゾロはそう言いたいのだろう。イオナは瞳だけを動かし、半笑いの顔を睨み付ける。
「平気よ。私はちゃんと警戒してるから。いつなんどきだって…ちょ、やめ─」
「なんだかんだ言って、まだ埃つけたままだったしな。自分でやれるならちゃんと取れよ。」
「さ、触らないで!」
触れられるのを拒むよう頭を庇う両手をかわし、ゾロはイオナの柔らかな髪に触れる。どこでつけてきたのか、埃の塊は細い髪の毛に絡み付いていた。
「ちょっと動くな。わかんなくなるだろ。」
「やめてよ。気持ち悪い。」
不満げな顔に見上げられ、なんとなくドS心が騒ぐ。
ちょっと嫌そうな顔をされる方が、興奮する。イヤイヤと首を振る度に漂うシャンプーの香りは、やけにいい香りがした。
「取れたぞ、埃。つか、気持ち悪くて悪かったな。」
「……ッ」
憎らしい。そう視線で訴えられるけれど、だからといってなんのダメージもない。悔しそうな顔をするイオナを見下ろしつつ、指先につまんだ埃をフッと吐いた息で飛ばした。
「もっと素直になれよ。」
「素直ってなによ。」
「素直は素直だろ。」
今にも憤慨しそうだったイオナの頬に、わずかに赤みが指す。照れているのか、ただ怒りで紅潮しただけなのか。本人に聞いてみないとわからない。ただ、前者だった場合、本人はその事実を認めたりはしないだろう。
ルフィやサンジとはそれなりに会話するくせに、自分にだけは妙な難癖をつけてくる。そんな違和感に最初こそイラついたが、今では日々のこと過ぎてどうってことない。
きっとこの反応の全ては、脊髄反射のようなものなのだろう。意識してなのか、無意識なのかはわからないが。
「ま、俺は別に…痛ッ。てめぇ。」
唐突に足元から這い上がってくる衝撃。どれだけ鍛えても、からだの構造上、そこに筋肉をつけることはできない。ゾロは脛を庇うようにしゃがみこむ。
「蹴ることねぇだろ。」
「うるさい!クソ。毬藻のクセにカッコつけんな!」
「イオナッ!」
「いい気になってんじゃねぇよっての!」
してやったり。そんな顔で捨て台詞を吐いたイオナは、ワクワクした様子で身を翻す。今、自分がどんな表情を浮かべているのか、彼女は気がついているのだろうか。
ゾロは赤くなった脛を押さえたまま、バタバタと走り去る背中を視線だけで追い続ける。
廊下の角を曲がったイオナの横顔。その頬は相変わらず真っ赤で、それでいて口角は僅かに上がっていた。
END
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