抱き枕唐突に首根っこを掴まれたかと思えば、そのまま船内を引き摺り回される。一声かけることもなく、そんな横暴を働くゾロに対して、イオナは声を荒げる。
「だからっ、私は眠くないの!」
「俺は眠ィんだよ。」
「だったら一人で寝ればいいでしょう?」
「るせェ。」
抵抗しようにもしきれない。筋肉バカに力で敵うわけがないのだから当然で、イオナはあっと言う間に甲板まで連れ出されてしまった。
「本当に嫌なの!」
「何が。」
「抱き枕なんてやりたくないっ。」
イオナはこの状況をなんとかしようともがくけれど、ゾロはその手を離そうとはしない。Tシャツの襟首を掴まれているため、あまり抵抗すると首が締まってしまう。
抵抗は最低限。手足をバタつかせる程度に留まっていた。
「俺が寝るまでの辛抱だろ。寝たらどっか行けよ。」
「寝たらどっかいけって…。逃げようとしたら起きるじゃないっ!」
「そりゃ、腕ん中であんなゴソゴソされたら、目も覚めるだろーが。」
「ゾロがギュッってするせいでしょう!?」
怒っているのか。それとも泣きそうなのか。
ぐちゃぐちゃに顔を歪めて抗議するイオナだったが、ゾロはめんどくさそうに溜め息をつき足を止めた。
どうやら今日はここに決めたらしい。
ゾロが襟首を離すとすぐに振り返ったイオナは、大きな欠伸をする彼に対して言葉で噛みつく。
「ちょっと聞いてるの!?」
「ギュッとされたくないなら、俺が寝てる間に逃げようとするな。」
「さっきはどっか行けって言ったくせに!!!」
まったく一貫性のないゾロの主張。
噛み合わない会話に頭が痛くなるけれど、それでも自分の気持ちは伝えておかなくてはいけない。
「キンキンうっせェよ。」
「うるさくなってる理由は誰!?」
「ったく…」
どんなにイヤイヤと拒絶しても、ゾロはゾロなりのやり方で強引に話を進めてしまう。
「なんでゾロがめんどくさそうな顔 …ひゃあ!」
突然腕を掴まれたかと思うと、足をかけられ身体が宙に浮く。支えを失いひっくり返りそうになったイオナの身体をゾロはサクッと抱き止めた。
「つべこべ言うな。」
「嫌!」
「今度、酒おごってやるから。」
「お酒飲めないから要らないっ!」
イタズラに瞳を覗き込まれ、フイッと顔を背ける。するとゾロはイオナの耳元に唇を寄せた。
「だったら抱いてやろうか?」
「死ね!」
背骨をゾクゾクさせる低音に、一瞬ほだされそうになってしまう。そんな自分を一喝するために、精一杯の悪態をついたイオナだったのだが。
そのまま芝生に寝かされてしまえば、もう、どうしようもない。ギュッと腕でホールドした挙げ句、当然のように足を絡めてくる。
なんとか背中を向けることに成功はしたが、それでもこの密着度はたまらなく居心地が悪かった。
「なんで、いっつも私なの?」
「ロビンはめんどくせェし、ナミも大概うぜェだろ。」
「私だって、めんどくさいしうざいもん。」
「にしたって、まだ、可愛いげがあんだろ…。」
最早うとうとし始めたらしい。ゾロの口調から角が取れ始める。頭上から聞こえる緩やかな語調に、イオナはムッとした。
「寝ないでよ!」
「─るせェ…」
もうすでに微睡みの中に堕ちてしまったのだろう。ゾロはグゥグゥと寝息を立て始めた。
あまりに早い寝入りに、怒りを忘れて呆れてしまいそうになる。よほど疲れていたのか、それとも抱き枕としての自分が優秀過ぎるのか。
前者ならまだいいが、後者だとすれば…?
イオナはかぶりを振って思考を打ち消す。いつものように身体をモゾモゾさせてみるけれど、乗っけられた体重分を押し上げるだけの力は当然ながら持ち合わせていなかった。
「毎日、毎日。一体なんなのよ…。」
密着した背中とお腹。脇腹をホールドする筋肉質な腕に、太股の辺りにからめられたゴツゴツの脚と、頭頂部にかかる温かな呼気。
なにがどうしてこんな役目を担わなくてはならなくなったのか。イオナはその理由を特には知らない。
毎日のように追いかけまわされ、あっと言う間に捕まってしまい、芝生の上に倒され、当然のように抱き締められるだけ。
おまけに、強引に抱き締められたまま、その相手に寝られてしまうという、なんとも残念なオプション付だ。
「バカじゃないの…」
悪態をついたところで、眠っている相手に聞こえるわけがない。それでも口にするのは、逃れられないいたたまれなさを少しでも緩和するため。
ポカポカの陽射しと、ほどよく冷たい潮風。
波に揺られる船はゆりかごのようで、背中に感じる温もりは羽毛布団よりも温かい。
規則正しい寝息に導かれるようにして、イオナもまた微睡みの中へと堕ちていく。
「ばっかみたい。」
誤魔化しの悪態をつきながら──。
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